健康のための室内気候講座(改訂版)

Lesson 4_rev 室内気候の変化が、健康生活を作る。

 
私たちの直接の祖先であるホモ・サピエンスは、10万年前にアフリカで誕生したと考えられています。ほぼ数万年をかけてユーラシア大陸全域にその居住範囲を広げ、1万年前には南アメリカの南端にまで到達しました。
 
「出アフリカ」と全地球的な拡散を支えたものは何か?
 
それは、生存に不可欠な「食料調達技術」の高度化と、衣服、住居を含む「社会的適応能力」の獲得にあります。人間の想像力と生命力に、脱帽です。
 

 
 
時に厳しい自然の変化を緩和し、安定して子孫を産み育てるためには、快適な「スミカ」を得ることは不可欠だったに違いありません。機械設備が誕生するまでの「スミカ」は、地域の気候風土の変動を抑制して、生存に最低限必要な環境を創り出すことが使命でした。
 

 

エネルギー革命が、「住宅」の役割を大きく変化させた。
 
一方、産業革命以降の住宅にはエネルギーの変換装置である暖房や冷房、照明や換気装置が導入され、健康的な環境を徐々に整えていくことになります。
 
都市では上下水道も普及し、平均寿命の延長に大きく貢献しました。20世紀初頭には50歳前後であった平均寿命も、現在では80歳を超えるまでに。医療技術の進歩を考慮しても、急激な寿命の伸長は目を見張るばかりです。
 

 

ますます長時間化、高度化する「室内」での精神活動。
 
一方で、室内での労働や学習時間が長時間化している現代人には、これまでとは違ったストレスが過度にかかる環境に晒されるようになり、自律神経系の疾患を抱える人も年々増加しています。自然界に働き「スミカ」で休むといった原体験が逆転し、室内で働き自然に遊ぶ、といった光景が日常になりました。
 

 

建築設備は、「人間」を中心に進化を遂げてきたのか?

環境形成に欠かせない建築設備は、大きな能力を持つ機械を制御しながら使用して、環境を一定に保つといった設計思想が長い間支配してきました。
 

 
 
一方で、断熱性能を高め設備の容量を小さめに設計すると室内環境の変動幅は相対的に増大し、快適環境の範囲内で自然の変動を再現できることも知られています。
 
強大なパワーで自然をねじ伏せるのか?機械の力を最小限にとどめて、自然の変動を許容して共生するのか?どちらが人間にとって健康的なのでしょう?
 

 
 
  
室内気候研究所 主席研究員
工学博士 石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp
 

Lesson 3_rev 「生体リズム」を維持することの大切さ。

 
生物には「体内時計」が備わっている!
 
この事実を初めて発見したのは、フランスの科学者ジャン=メランです。
 
学術的にいうと、体内時計は「概日リズム」(がいじつリズム: circadian rhythm:サーカディアン・リズム)と呼ばれています。動物の体内時計は24時間周期の昼夜の光の変動リズムによって生成し、温度、食事や環境ストレスなどの外的刺激によって常に修正される、と言われています。
 
赤ちゃんの夜泣きの原因は、概日リズムが未発達だから。
 
出生後間もない赤ちゃんが、昼夜に関係なく2〜3時間ごとに起きて泣き出すことは、子育てを経験された方はよくご存知でしょう。
 
生後16週目頃からは体内時計が徐々に修正され、1年から数年をかけて正確な24時間周期に移行していきます。また、体内時計の生成には男女差があり、女子では小学校低学年の頃に、男子はこれよりも遅く高学年から中学生の頃になって、ようやく体内時計が正確に働き始めます。
 
「体内時計」があるから、遺伝子が守られている。
 
「体内時計」は、細胞内の遺伝子の複製が昼間の紫外線の悪影響を受けることを避けるために獲得されたとも考えられており、ヒト成長ホルモンが睡眠中の夜間にしか分泌されないことも、これに関係していると考えられます。
 
「体内時計」が正常に働かなくなることを「フリーラン現象」と言いますが、睡眠障害、発達障害、学習障害など多くの疾病の原因なることが現在では広く認知されています。最近、大学の授業が始まっても講義に集中できない学生が増えていることを、皆さんはご存知でしょうか。
 

 
「体内時計」に生活リズムを合わせて、「良質な睡眠」を。
 
彼らの体温を測定してみると、概ね36℃以下の低体温症の症状が観察されることが多く、朝になって生活行動を始めても「体内時計」が夜のままなので、修学や精神活動に不適な心身の状態にあることが原因としてあげられます。
 
人間の「睡眠」と「覚醒」を司っている物質は、メラトミンです。
 
メラトミン分泌にも概日リズムがあり、午後10時に分泌を始めたメラトミンは、翌朝の6時に分泌を停止して「覚醒」状態へと人間を誘います。
 
体内時計と生活行動に齟齬があると「フリーラン現象」が生起し、免疫システムの修復も不完全になります。学生たちも深夜までスマートフォンなどの白色の画面を注視していたため、メラトミン分泌の開始時刻が大幅に遅延し、朝になっても分泌が停止せずに寝ぼけている、考えることができそうです。
 

 
「在宅勤務」や「リモート授業」の増加で、「室内」での活動が
長時間化し、精神的に高度な活動を要求される現代だからこそ。
 
太古から人間に引き継がれてきた生活リズムが、明らかに崩壊し始めた現代。
 
体内時計が健康に密接に関連していることを考慮しながら、毎日の生活リズムと行動をもう一度振り返ってみなくては、現代人の「健康リスク」を回避することはできません。
 

 
一定の室内環境が、ストレスの原因になることも。
 
現代人が生活する室内空間の温度は空調設備でほぼ一定に保たれ、照度や色温度が一定に保たれた照明設備は終日の精神活動を要求します。
 
近年では、長時間労働によるストレスで精神疾患に罹患するなど、最悪の事態を迎えるケースも少なくありません。
 
特に体内時計の狂いは、子どもの成長に悪影響を及ぼすことがわかっていますので、「室内気候」は自然と同様のリズムで周期的に変動する必要があります。
 
もちろん変動幅が大きいと不快感を醸成しますので、リズムと変動幅を適切に設計しなければならないことは言うまでもありません。
 

 
「室内気候設計」の要諦は、自然から学ぶということです。
 
まずは「早寝、早起き、朝ごはん」から始めましょう。
 
いくら長時間学習しても、子供の学習成績が上がるとは限りません。
 
適切な室内気候下における生活リズムの維持と、ストレスの発散がとても大切です。朝の日射と冷気に直接さらされるだけで、子供の体内時計はリセットできるのですから。
(参考文献)中山昭雄著「温熱生理学」(理工学舎)

 

  
室内気候研究所 主席研究員
工学博士 石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
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Lesson 2_rev. 日本人が最も大切にしているのは「健康」。

 
「幸福」な人生を営むための「住まい」をつくりたい。
 
住宅づくりの原点は、「住まい手」が充実した、幸福な人生を送るために必要な「ウツワ」を提供することにほかなりません。
 
「ウツワ」を構成する材料には木やガラス、陶器や金属などいろいろな種類の物質がありますが、中央に心地よい窪みがあってこそ、そこに水を溜めることができ、人間の要に供することができるのです。
 
「住宅」に必要なことは材料の価値や性能ではなく、「ウツワ」によって形成された空間の歪みが、人間にとって心地よいもの、使いやすいものであるかどうか、ということに他なりません。
 

 

「住まい手」の幸福にとって、何が一番必要なのか?
 
住宅の設計者に常に投げかけられる正解のこの無い問いは、建築の存在理由と表裏一体をなす真理であり、終わりのない探求の原動力でもあります。
 
「住宅」と「公共建築」の設計上の差異でもっとも重要なのは、その建築が個人の価値観に立脚しているか、不特定多数の確率的な満足で良しとするかの差にあるような気がします。
 

 

一方で「住まい手」の描いている住要求の総和にただただ迎合するのでなく、専門的な観点から論点を整理し、プライオリティーを決定して判断する。
 
建築設計者に求められるのは、医師が患者を診察をして合理的に診療計画を立て、診療を実施する過程に類似しているかもしれません。
 

日本人が「幸福」に不可欠と考えている、大切な要素は?
 
日本人を対象とした「幸福度に関する判断基準」に関するアンケート結果を、内閣府が公表しています。ここからは、日本人の本音が垣間みえてきます。
 
解答で第1位を占めたのは、幸福のためには「健康」が第一ということ。
およそ66%の日本人は「健康」が幸福の第一条件であると解答しました。
続いて「経済的なゆとり」「家族関係」が、ほぼ同率で続きます。
 

 
 
意外にも「趣味」や「楽しみ」といった余暇型は全体の25%程度に過ぎません。さらに「安定した仕事」「仕事のやりがい」といった就業充実型も20%以下。
 
残念ながら「社会への貢献」「地域の人たちとの関係」といった社会連携型は、ごく少数に止まる結果となりました。
 
逆説的に言えば、現代日本人は「健康」「家計」「家族関係」の将来像に漠然とした不安を抱えながら生活をしている、ということなのかもしれません。
 

「室内気候」は、幸福にどう貢献していくのか?
 

目標とすべき「室内気候」のあり方について質問されることがよくあります。
 
「よい室内気候」とは「よいうち」を作ることです。「うち」とは「家」。
「うち」とは「内側」。「うち」とは「自分」。「うち」とは「家族」。
 

 
 
つまり、自分や自分の大切な家族が豊かで充実した人生を安心して送ることができる、そんな住宅の室内環境を創造して提供すること。
 
これが「室内気候」設計の目標であり、存在意義なのです。住宅の設計は限られた予算の中で施主の要望をいかに叶えるのかという、経済合理性を中心とした概念ではありません。
 
 
立派な床柱や欄間、高価な大理石の床よりも価値のある「健康」と「家族」。
 
限りある人生の時間と資産を有効に活用して、たった一度きりの人生を豊かにしてくれる住宅が、真に求められていると思います。
 

  
室内気候研究所 主席研究員
工学博士 石戸谷 裕二
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Lesson 1_rev. 「快適さ」は、本当に贅沢なのか?

 
 
自分自身はもちろん、自分の大切な家族が健やかで充実した人生を送るために必要十分な、生活の「ウツワ」を創る。
 
「健康住宅づくり」には、一人ひとりの大切な願いを叶えるために欠かせない基本的な住性能と、時代とともに変化する人生プランに合わせた持続可能で柔軟なデザインが不可欠です。
 
「健康のための室内気候講座」は、そんな住まい手の切実な願いを実現するための工夫を、再現性のある科学的な知見を背景にしながら、できるだけ分かりやすく解説していきたいと思います。
 
それでは早速第一講目から始めていきましょう。
 
 

 
 
一年を通して「快適」な環境で暮らしたい。でも、光熱費が心配。
 
健康な暮らしを維持するのために不可欠な「快適さ」の必要性が広く喧伝される現代でも、健康より経済優先とも取れるような声をよく耳にします。
 
中には快適な環境で子育てをすると「もやしっ子」に成長してしまうから、多少不快な方が幼児教育には良い、といった乱暴な意見も散見される有様。  
 
でも健康な室内環境を考える上で「快適さ」の持つ意味はとても重要です。
 
 

 
 
「不快」は、健康が維持できなくなるという危険信号。
 
人間は生存に必要な環境を選択的に取得するために、視覚や聴覚、皮膚感覚といった感覚器官を具備しています。いわゆる五感ですね。
受容器で受けた環境刺激が大脳で「不快」と評価されると、これを回避するために服を脱ぎ着したり、木陰に入ったり、暖房のスイッチを入れたりと、人は生存のための行動を起こします。
 
「不快」という感覚は、言い換えれば「健康」に対する危険を察知するために人間に備わった機構、ということができるかもしれません。
 
「快適」であるということは、「この環境は自分の健康にとって安全だ」と自分が認識している状態である、と定義することができるでしょう。逆に言えば「不快」は、健康維持に対する危険信号であるとも言えます。
 

「快適さ」を維持するために必要な住宅の性能は?
 
アフリカの温暖な環境で生まれた人類は、衣類や住居というパッシブ技術を 駆使しながら社会的な適応をはかり、居住地域を拡張してきました。
 
室内の環境を「快適」な状態に保つということは、「食」や「衣」と同様に健康にとって不可欠な要素であることは言うまでもありません。
 


 

 
近年の健康ブームで、健康食品をはじめとした様々な商品やサービスが注目を集めています。スポーツジムや健康食品、サプリメントの定期的な購入は、特段珍しいことではなくなってきました。
 
一方で暖冷房費を含む光熱費は逆進性が高いことが知られており、可処分所得がなかなか伸びない日本では、光熱費を節約するためにエアコンをこまめに入り切りするなど、家計防衛のための涙ぐましい工夫が行われています。
 
しかし、不快感が健康維持への危険を知らせているのに行動を起こさず、体調を崩したり、最終的に病気になったりしたのでは、本末転倒です。
 
マクロ的に見れば暖冷房費は、医療費や介護費といった社会保障費との関連性の中で議論されるべきである、との主張も現代社会では徐々に合理性をもち始めています。
 
冷暖房費を節約する目的で室内環境の快適性を犠牲にしていると、風邪や寒中症などの疾患にかかりやすくなるのはよく知られた事実です。光熱費が安くなっても、医療費として支払うのではトータルコストは増大するという矛盾をどう解決すれば良いのでしょうか?
 
 

 

光熱費を抑制しつつ、年間を通して快適な住環境を提供する。
 
室内気候を提案・創造している建築家や設備設計者、エネルギー供給業者とともに、需要家である消費者など、多くのステークホルダーが協力してこの目標を達成することが社会的に求められています。
 
この講座では、本当に必要な快適環境を持続可能なパッシブ手法を用いて創造する方法について議論していきたいと思います。
 
「我慢」は、本当に美徳ですか?
 

 

  
室内気候研究所 主席研究員
工学博士 石戸谷 裕二
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