健康のための室内気候講座

Lesson 29 LOHASな室内気候のつくりかた。 その1

 
LOHASな室内気候って?
 
【LOHAS】とは ”Lifestyles of Health and Sustainability”の頭文字をとった造語で、1990年代にアメリカで発祥した「健康と地球環境の持続可能性を大切にする暮らし方(価値観)」を意味します。「居住者の健康と省エネルギーを両立させる」という現代建築の重要課題を象徴するような言葉かもしれません。ここでは【LOHAS】な暮らしを支える室内気候のつくりかたについて考えてみたいと思います。
 
住宅が「穴の空いたバケツ」だったら?
 
住宅の熱収支をある程度正確に、しかも直感的に理解するために一つの物理モデルを導入することにしましょう。「下部に穴の開いたバケツ」を想像してみてください。このモデルではバケツへの水の出入りとバケツの中の水位が、住宅内での熱の振る舞いと温熱環境を表しています。
 
バケツの上部には蛇口があって任意の量の水(熱)を供給することができます。蛇口は室内に供給する熱の経路を表しており、水(熱)源には暖房装置、日射熱や生活に伴う排熱などがあります。日射や内部発生熱をうまく活用できれば暖房装置の稼働量を抑えられますから、エネルギーの使用量が削減できることになるわけです。ではどうやって日射熱を利用すれば良いのでしょうか?
 
高断熱・高気密化は『バケツの穴をふさぐ作業』です。
 
バケツの底部には穴が空いていますので、穴の大きさと水の供給量によって水位(室温)は決まります。バケツの底がザルならば、どんなに大量の水を供給しても水は溜まりません。断熱性能の低い家や無断熱の家は底の抜けたバケツのようなものですから、任意の水位(室温)を維持することはできないのです。
これまで多くの専門家が努力と工夫を積み重ねてきた住宅の高断熱・高気密化技術はバケツの穴をできるだけ小さくして、好みの水位(室温)を簡単に維持できるようにする活動だった、ということができるかもしれません。
 

 
「バケツの大きさ」がこれからの課題。
 
バケツの穴をできるだけ小さくして、少量の給水で高い水位(室温)を維持することが可能になった現在の高断熱・高気密住宅にも新たな課題があります。それはバケツの容量に原因があります。バケツの容量が小さいと晴天日に日射熱(水)が急激に供給された時、バケツの水位は思わぬ上昇をしてしまいます。断熱性能の低い家では生じることがなかった「意図しない急激な室温上昇(過昇温)」が生じて、相対湿度が過度に低下する原因になっているのです。
 
以前の講座でも指摘しましたが、人間の健康にとって好ましい相対湿度の範囲は40から60%程度であると言われています。この範囲を逸脱するとウイルスや病原菌が繁殖しやすくなり咽頭部や気管が乾燥して風邪をひく原因にもなります。それではバケツの容量を増やすには、どのようにしたら良いのでしょうか?

【潜熱蓄熱建材】がバケツの大きさを容易に拡大する。
 
物理学ではこのバケツの大きさのことを熱容量と呼んでいます。バケツへの水の供給量と排出量が常に同じであれば(定常状態)、バケツの容量に関係なく水位は一定に保たれます。しかし、外気温度や日射量は天候によって常に変化していますので、室温もこれに連れて変化してしまいます。バケツの容量が大きいと水の需給関係が一時的に崩れても、バケツがバッファーの役割をしますから、安定した水位(室温)を維持することができるのです。
 


それではバケツの容量を増すための方法にはどのようなものがあるのでしょうか?石造りの家や土蔵は安定した室温が得られるので、古くから気候の厳しい地方の住宅や貯蔵施設の構法として広く普及してきました。土蔵やワインセラー、蔵座敷などが代表例ですね。コンクリート造の建物もこれと同様の特徴を持っています。それでは木造住宅でバケツの容量を増す方法はないのでしょうか?ここで紹介する【潜熱蓄熱建材】は比較的熱容量に恵まれない木造の高断熱・高気密住宅の室内環境を安定させるために開発された技術です。
 
潜熱蓄熱材は快適な室温範囲で生じる温度変化でも、融解と凝固を繰り返しながら多くの熱を蓄積することのできる材料です。最近では保温性の高い衣服や自動車のエアコン部品としても利用されている潜熱蓄熱材。レンガやコンクリートに比べて、少ない温度変化でも住宅の蓄熱性能を圧倒的に高めることができるという特徴があります。この潜熱蓄熱材を室内の仕上げ材料として施工することで、木造住宅の熱容量は容易に増大させることができます。潜熱蓄熱建材は『LOHAS』な暮らしをサポートできる建材なのです。
 
熱容量が健康と省エネルギー、そして『LOHAS』に貢献する。
 
室内の熱容量(バケツの容量)を大きくするとどんな効果が期待できるのでしょうか?もう一度考えてみましょう。
 

 
秋から冬、そして春にかけての晴天日、太陽高度が夏より低いこの季節には部屋の奥深くまで日射が差し込んできます。でも熱容量の小さな家にとって強力な日射受熱は過昇温を招く厄介者にすぎません。
 
熱容量の大きな家では日射熱を壁、床、天井などの躯体に貯め込み、夜間の暖房用の熱源として利用することができるようになります。同時に室温(水位)の変動は抑制されて安定しますので、過乾燥によって健康に被害が出ることも予防することができます。まさに一石二鳥の効果が期待できるのです。
 
高断熱・高気密の先にある「高蓄熱住宅」に期待。
 
北日本ばかりでなく東日本や近畿、九州含む西日本でも「寒冷な冬季」を気候的特色に持つ日本。しかし西欧などと比較して低緯度地域に位置するという地理的な特徴を生かし、環境調整のために日射を利用することは古来から日本の伝統的家屋に見られる普遍的な技術です。
 
四季折々の変化を楽しませてくれる安定した室内環境づくり。
 
室内が寒すぎたり暑すぎたりしては、本当の意味で四季を楽しむことは不可能です。ゼロ・エネルギーハウスの構築が実現可能性を帯びてきた現代の住居に求められる健康・快適な暮らしとは?さらにそこに居るだけで「学びたくなる」なるような、「知的な活動をしたくなる」ような創造性にあふれた家づくりのベースとなる室内気候が提供できる時代が、ようやく到来したと言えるのかもしれません。
 
 
室内気候研究所 主席研究員
工学博士 石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 28 ウェルネス住宅を、家計から再評価してみよう。

省エネ住宅は、ウェルネス住宅になれるか?
 
これまで住宅におけるエネルギー利用のあり方について、いろいろと議論してきました。今回は子供たちやご長寿さん、障害のある方など、住環境の質による影響を受けやすい「環境弱者」の方々も安心して生活できる「健康維持・増進住宅(ウェルネス住宅)」について考えてみましょう。
 
国土交通省が推進する「スマートウェルネス住宅等推進モデル事業」は、高齢者、障害者又は子育て世帯の居住の安定確保及び健康の維持・増進に資する事業費用の一部を補助するものです(公式ホームページより)。これまで住宅のエネルギー効率の向上(スマート化)一辺倒だった住宅政策が、健康や快適を目途に大きく転換することは国民ニーズに応えた好適な反応だと思います。
 
住宅の性能を第三者認証によって示す評価システム「CASBEE®」を開発してきた(一社)日本サステナブル建築協会も、住宅の省エネルギー化による居住環境改善が疾病予防、介護予防等にもたらす効果を明らかにするための調査研究を進めており、その研究成果が期待されるところです。
 

 
ウエルネス住宅の設計指針を、家計から再構築してみましょう。
 
それでは住宅デザインの実務で居住者のウエルネスを考慮した設計をするために必要となる普遍的な価値について考えてみることにしましょう。
 
下の図は「iWall構法」を採用した住宅における家計収支を、床面積で原単位化して示したものです。光熱費は測定値、医療費・介護費、教育費は国民一人当たりの平均値から予測して示しました。また将来、二人のお子さんが巣立ちご夫婦二人で暮らすことを想定した将来家計の予測値も併せて示しました。
 
意外に少ない「光熱費」。ZEH化への投資は本当に必要か?
 
下図の左部分に、2016年4月20日から2017年4月19日までの一年間、実住宅の給湯・調理・照明などを含む全エネルギー消費を実測して示しました。外皮平均熱貫流率 UA値が 0.22 [W/m2/K]と基準値 0.46 を大幅に下回る建築性能で、潜熱蓄熱材により蓄熱性能も高めたこの住宅では、年間の光熱費が 1,000 [円/m2]に過ぎません。断熱・気密・蓄熱のパッシブ技術が資源・エネルギー利用の高効率化に貢献できる証左になっています。制度の趣旨に照らすなら、この住宅に設備を追加的に投資して「ZEH化」することに意味はあるでしょうか?
 

 
医療介護費の抑制は、次世代社会の重要な課題です。
 
厚生労働省によれば平成26年度の人口一人当たり国民医療費は、65歳未満で17万9,600円、65歳以上は72万4,400円であり、総額は40兆円を超過しているそうです(厚生労働省:平成26年度 国民医療費の概況)。また、少子化やご長寿社会の進捗により、今後も医療費はさらに増大する見込みです。
 
当該住宅における床面積原単位の医療費も光熱費を遥かに凌ぐ 13.5 [千円/m2]ですから、健康や快適に資する住宅を建設することは居住者個人にとってはもちろんのこと、社会全体にとっても喫緊の課題であると言えそうです。
 
環境弱者にとって、冬季間の室温や相対湿度の低下は呼吸器系疾患の罹患率を高める危険があります。また浴室の室温が維持されないことに起因したヒートショックで、毎年多くの尊い命が失われていることを忘れてはいけません。さらに居間と寝室などの居室間温度差の増大はご長寿さんたちの運動量の低下を招き、延いては循環器系、呼吸器系疾患の引き鉄ともなりかねません。
 
年間を通して光熱費を気にすることなく、健康で快適な生活をすることができる住宅づくりが求められていくでしょう。
 
 
人づくり・働き方改革は、住宅の知的生産性の向上が基本です!
 
最後に家庭での知的創造性の向上に対する投資の必要性について考えてみましょう。幼児教育から大学での高等教育まで、すべて公立学校で教育を受ける場合の生涯教育費は1,000万円程度であり、すべて私立学校に通う場合では 2,000万円以上の費用がかかると言われています。原単位化したグラフを見ても、教育費は8.4 [千円/m2]と光熱費を大きく上回っています。
 
一方、AIやIoTの普及に伴ってテレワークなど在宅で就業している人口は年々増加しており、今後もこの傾向が強まっていくものと考えられます。毎日会社に出勤し、全従業員が共に生産活動を行う日はやがて終焉を迎えそうです。
 
明日の生産活動の糧として十分な休養を与えてくれる空間としてのみならず「学びたくなる家」「働きたくなる家」を創造していくことは、今後の住宅デザインを考える上で一つの大きなテーマになっていくことでしょう。
 

 

「住宅づくり」を家計という経済活動を通して再整理し、評価してみると住宅投資が向かうべき、新たなコンセプトが見えてくるようです。
 
資源・エネルギーから健康・快適へ。
そして知的生産性の向上へと、投資先の変更が必要な時代です。
 
 
 
 

室内気候研究所 主席研究員
工学博士 石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 27 省エネルギー基準が求めるのは健康な住まい。

1970年代に起きた二度にわたるオイルショックを覚えていますか?
 
1973(昭和48)年10月に勃発した第四次中東戦争の影響を受け、石油輸出国機構(OPEC)加盟の産油6カ国は原油公示価格を即時21%引き上げるとともに、原油の減産を決定しました。いわゆる第一次オイルショックの始まりです。
 
石油価格の上昇は、主要エネルギーの大部分を中東からの石油に依存してきた日本の経済を大きく揺るがす事態となりました。結果として急速にインフレが加速したために公定歩合が引き上げられ、戦後続いてきた高度経済成長がいよいよ終焉を迎えることになります。便乗値上げも相次ぎ、トイレットペーパーや洗剤などをはじめとする生活物資の買占め騒動、デパートのエスカレータの運転中止などの社会現象が生じました。3.11後を彷彿とさせる事態です。
 
さらに1978(昭和53)年のイラン革命により同国内の石油生産が中断し、イランから大量の原油を輸入していた日本では石油の需給が逼迫する事態となり、原油価格は高騰しました。これが第二次オイルショックです。
 
二度にわたるオイルショックを経て、日本経済が中東の石油エネルギーに極端に依存していることへの危機感が、国民の間で共有される結果となりました。政府機関による中東以外での新規油田の開発が積極的に行われるようになり、同時に原子力や風力、太陽光など新エネルギーへの転換や、省エネルギー技術の本格的な開発促進に対する関心が高まることになります。このころ、北海道では産学官が連携した「高断熱・高気密」住宅の研究開発がスタートします。
 
こうした社会状況を契機として昭和55(1980)年には「エネルギーの使用合理化に関する法律」(通称、省エネ法)が制定されました。この法律に基づく2つの告示、「建築主の判断の基準」と「設計、施工の指針」が省エネルギー住宅に関する新たな基準となります。現在でも「建築主の判断基準」は「性能規定」、「設計、施工の指針」は「仕様規定」と呼ばれています。
 
冬暖かく、夏涼しい「快適住宅」の基礎は省エネ基準にある?
 
それでは住宅における省エネルギー規制の成立は、単にエネルギー使用量の抑制だけが目的だったのでしょうか?
 
住宅の「性能規定」や「仕様規定」では躯体の断面構成や開口部の仕様など、住宅の断熱性能に関わる詳細な検討が行われ、住宅からの熱損失量を低減するために必要な最低限の性能目標が、気候区分ごとに初めて規格化されることになりました。一方で、省エネ基準の施行は住宅における温熱環境の観点からも重要な転換点であったと言う見方には異論がありません。

右図は現在5,000万戸以上もあると言われる日本の住宅ストックを、熱性能ごとの構成比率で分類して示しています。省エネ法が施行される前は、ほぼ全ての住宅が無断熱であったと考えられます。また、現代では長寿社会の進展に伴ってこれらの住宅の断熱改修による住環境の改善が喫緊の課題となっています。省エネ基準は改定を重ねるごとに性能水準が強化されていますので、昭和55年基準と比較すると現行の平成11年基準の方が冬暖かく、夏涼しい家であると言えます。しかし、昭和55年基準は外界気候との明確な区分を可能にするとともに、「熱的な室内」という概念を生じさせたという意味で、他の改定基準とは異なるマイルストーンとしての価値があると考えられます。
 
地域ごとに断熱性能が異なる理由は?
 
省エネ法では地域の気候区分に応じて断熱性能の下限値が定められています。それでは性能基準を策定するにあたり考慮された合理的な判断尺度とは、一体なんだったのでしょうか?
 
下図は2013(平成25)年10月に施行された、いわゆる新省エネ基準の気候区分をもとに、外気温と居住者の体感温度の関係を予測して示しています。冬の室内着を着て椅座安静状態にある人が温冷感的に中立(暖かくも寒くもない状態)となる室内の作用温度は、気候区分に関係なく22℃であると考えられます。ただし室内に微弱な気流が生じていないことが条件となりますので、エアコンなど強制対流型の暖房機を使用する場合には設定温度が2から3℃程度高くする必要があることに注意してください。
 
ここでいう体感温度とは室内の空気温度と、壁の表面温度の加重平均値のことですから、断熱性能が弱い住宅では外気温の低下に伴って壁の温度が下がりますので、それにつれて体感温度が低下していくことになります。
 
例えば、省エネ基準に適合した北海道の住宅では、部屋の中にいると外気温が−8℃になるまで寒くなってきたと感じることはない、ということを意味します。同様に南東北から北関東にかかる4地域では、外気温の低下により寒さを生起させる外気温は3℃となり、これらの温度は各地域の暖房に関する設計外気温に概ね一致していることがわかります。
 

 
省エネ基準は省資源よりも、快適・健康なくらしが目的です。
 
省エネ基準はその名の由来通り、石油ショックを契機とした省資源を目的とする建築の熱性能規制を意味していると考えられます。しかしその基準策定の過程において居住者の快適性に関する知見が法的整合性の基盤として考慮されたという事実が、以上の考察からも明らかでしょう。
 
これまでも「高断熱・高気密」の第一義的な目的はエネルギー消費量の抑制ではなく、居住者の快適な生活と健康の確保であることを繰り返し述べてきました。またこれから期待される「居住者のウェルネス向上」を目途とした新たな環境デザイン手法の構築には躯体の熱性能改善が必要となります。そして環境性能のベースとなっているのも、省エネルギー基準なのです。
 
これからも住宅の高性能化に向けた研究開発が継続され、これらに適応した省エネ基準の改定が行われていくことになると思います。しかし、省エネ・省資源は健康住宅の結果としてもたらされる便益に過ぎない、ということを技術者は肝に命じておく必要があるでしょう。
 
省エネの先にある居住者の幸福を最大化することのできる住宅とは?
 
卵が先か?それとも、鶏が先か?
 
健康で快適な生活を担保できる住空間の提供を確保すると、結果として省エネルギー・省資源にも資することになる。住空間創造の根底には健康維持という目的が脈々と継承され、高性能化の歩みへと帰納されていくのです。
 

 
 
室内気候研究所 主席研究員
工学博士 石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 26 エネルギーについて考えてみよう。 その3

「環境ビジネス」を支える地球温暖化の「CO2主犯説」。

1997年12月に京都市の国立京都国際会館で開かれた第3回気候変動枠組条約 締約国会議(地球温暖化防止京都会議:COP3)でいわゆる京都議定書採択さ れてから、CO2の排出量削減を目標とした環境ビジネスが勃興し、隆盛を極め るようになってきました。
 

 
地球温暖化に起因した気候変動のCO2濃度主犯説は、科学的な異論が絶えない にもかかわらず、経済合理主義と強く結びつき環境ビジネスの理論的基盤となっ ています。これが次世代の人々の足かせにもなりかねないとの批判も根強くあ るのは、世論の妥当なバランス感覚であろうとか思います。地球環境を守り、 平和な世界を実現しようとする理念に異を唱える人はいないと思います。一方 で、単なる学説を真理であるかのように喧伝し、利用しようとする環境ビジネスの行き過ぎた進展は、地球の持続可能性を却って損なう可能性があります。 現状のようにCO2排出削減という一つの目標が、全ての経済活動の判断基準と して取り扱われることを大変危惧しているところです。
 
木質バイオマス発電は日本の森林を救えるか?

2017年10月6日の読売新聞朝刊に『バイオマス発電 商社進出 ~「有望な 市場」計画相次ぐ』という記事が掲載されました。どうして商社はバイオマス 発電に進出しようとしているのでしょうか? 化石燃料の輸入はこれまでの事 業の大きな柱ですから代替エネルギー事業に転換しようとする商社の真意がど こにあるのか、素朴な疑問を持たざるを得ませんでした。
 
「ゼロエミッション」という名の「環境ビジネス」。

政府は木質バイオマスを化石系燃料に代替させることによって、 地球温暖化ガ スの一つであるCO2の増加を抑制できると考え、地球温暖化防止対策の有効な 手段の一つとして推進してきました。また福島での原発事故を受けて、政府は 2030年度時点で再生可能エネルギーの割合を22~24%程度まで引き上げると いう目標を掲げています。( http://www.enecho.meti.go.jp/category/ saving_and_new/policy/biomass_energy/ )
 
木質バイオマスは燃焼させて熱エネルギーを利用しても、「適正な植林と森林 保全が担保されれば」CO2ゼロエミッションであると言えます。植物の成長過 程で空気中のCO2を固定してくれるので、大気中のCO2量は増加しないと考え られるからです。さらに、バイオマス発電と電気自動車を組み合わせると「ゼ ロエミッション・カー」が実現できると考える人もいるくらいです。もちろん 前提条件が満足されればの話ですが、木質チップの輸出国の森林は本当に破壊 されていないのか、科学的な検証が必要と考えます。
 
バイオマス発電の燃料はほぼ全量が輸入されている。

バイオマス発電の燃料は木質チップですが、現状ではほぼ全量を輸入に頼って おり、読売新聞によれば商社各社は今後大幅に木質チップの輸入量を増加させ る計画を発表しています。木質チップ輸出国の森林が野放途な開発で侵食され ていけば、地球規模での自然破壊が進む可能性も指摘されています。
 

 
一方で日本の山林は荒廃が進み、CO2の吸収力を急速に失いつつあります。急 峻な地形や搬送用の林道が未整備であること、森林事業に従事する人材が不足 していることなど諸課題はあるものの、バイオマス資源として間伐材などの価 値を見いだすことができれば、豊かな森林や里山復活への道筋も見えてくるの ではないでしょうか。バイオマス発電の普及が日本の森林の再興の端緒となる ことを強く期待したいところです。
 
バイオマス発電が稼動すれば年間1兆円が電気料金に上乗せされる。

バイオマス発電によって発生させた電力は、国の固定価格買取制度(FIT制度) によって一般の電力より高く買い入れることを電力会社に義務付けています。 さらに電力会社は賦課金として利用者からその差額を徴収しており、実質的に は再生エネルギーの買取費用は国民負担となっているのです。いわゆる「見え ない電気料金」として不評を買っている制度です。
 
買取価格引き下げ前の駆け込み申請分を含めた700万 [kW]の発電所が今後稼 動すれば、年間約1兆円以上が毎年電気料金に上乗せされるとの試算もありま す。日本の森林復活にこの賦課金の一部を使用して欲しい、と考えるのは私一 人だけではないと思います。
 
今年九州を襲った集中豪雨の二次被害の原因は保水能力を失った森林と、根が 張っていない樹木の流出が引き起こしたとも言われています。縦割り行政を是 正し国民の十分な理解を得ながら、林野庁など関係機関とも連携したエネルギー 政策の推進が引き続き望まれるところです。
 

 
環境ビジネスの利権を守るために補助金として税が投入され、受益者負担と称 してコスト負担を国民に強いる。環境行政のあり方はもちろん、我々ユーザー の意識改革も喫緊の課題と言えそうです。
 
室内気候研究所 主席研究員
工学博士 石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 25 エネルギーについて考えてみよう。 その2

美しい深緑の森林、どこまでも透き通ったオーシャンブルー。太陽の恵みと清浄な無尽蔵の水に育まれ、生命が横溢する私達の地球。人工衛星から送られてくる地球の画像は神秘に彩られ、深淵な生態系を支え続ける地球の絶対的な威厳を示しているかのようです。そこでは人間の活動は矮小化され、存在の痕跡を確信することもできません。地球の前では人間も無辜の乳飲み子のように、あまりにも無力で曖昧な存在に過ぎないことを改めて思い知らされます。
 
太陽からは使えきれないほどのエネルギーが到達しているが・・・。
 
豊かな実りを神に感謝する秋の神事は、宗教を問わず世界中のいたるところに 広く見られるようです。降雨、降雪、潮流、雷、嵐、そして収穫と四季の風景。 地球の自然現象の多くは太陽から放散され地上に到達した太陽エネルギーに起 因するものです。植物が光合成によって光エネルギーを変換し、それを動物た ちが食べる。動物を食べる動物もあり、太陽エネルギーは環境の中で常に循環 していく。人間は太陽を食べて生きている、と言っても過言ではありません。
 
太陽から降り注ぎ地上に到達するエネルギーは平均で 85,000 [TW]にも上りま す。人類が使用するエネルギー量は 15 [TW]程度ですから、太陽エネルギーに 比較すると微々たるものに過ぎません。しかし太陽エネルギーの利用技術は未 だ発展段階にあり、量子収率では植物の光合成に敵わないのが現実です。
ここでは絶え間なく降り注ぐ太陽エネルギー利用の将来像を考える前に、エネ ルギーに関する基本的な事項を押させておくことにしましょう。
 
太陽からは使えきれないほどのエネルギーが到達しているが・・・。
 
エネルギー利用にかかわる3つの原則についてもう一度考えてみましょう。
 
1 エネルギーは使うとなくなる。
 
エネルギー保存の法則によると閉じられた系では、任意の時刻におけるエネル ギー総量の時間変化率はゼロであると考えられますので、エネルギーがなくな ることはありません。私たちにとって都合の良い法則なのですが、実際のエネ ルギー利用の経験則とはかなり異なっています。
 
 
例えば自動車に乗って旅行をすると明らかにガソリンの量は減りますし、移動 距離は限定的でしかありません。内燃機関を使って動力を得るために使用した
燃料は熱エネルギーに変換され大気中へと放散されるので、二度と自動車を動 かすことはできないからです。エネルギーは「使うとなくなる」のです。
 
1972年にMITのメドウズ教授がまとめた「成長の限界」は当時の社会に大きな インパクトを与えました。人口の爆発的増加、環境汚染、エネルギー資源の枯 渇によって社会の成長は100年で限界に達し、人類の持続可能性が著しく毀損 されるという理論は、人類に省エネルギーの必要性を問いかける端緒となりま した。現在では一部が否定されているこの理論ですが放蕩で傲慢なエネルギー 消費を転換して、抑制的に利用していこうと意識させる効果は絶大であったと 言えるかもしれません。
 
 
しかし不快さを「我慢」をしてまで省エネルギーを実行しようとすると健康を 害して死に至ることもあるのですから、省エネルギー行動によっても人類の持 続可能性が損なわれる可能性がある、ということを忘れてはいけません。「感 謝の心を持ちながら、必要十分なだけエネルギーを利用させていただく」とい う日本の伝統的な思考法がこの背反を律する助けになるように思います。
 

 
偏在する富は憎悪を生起させ、格差は拡大し続けています。地球規模でのエネルギーや富の再配分は、平和な暮らしにとって不可欠であることは言うまでもありません。石油に換算した一次エネルギー消費量の推移は地域経済の発展とともに変遷を遂げ私達に新たな課題を投げかけてきます。エネルギー消費の抑制を単なる無駄遣いの防止という観点で論じるのではなく、消費のあり方の向こうにある人類の持続可能性という視点で再考してみる必要がありそうです。
 
2 使える量には限りがある
 
地球上に埋蔵されている石油や石炭、ガスなどの化石エネルギー資源の量はも ちろん有限ですから、使える量には限りがあります。この有限なエネルギーを 消費し続けると資源が枯渇するので、太陽光、風力、潮流など、ほぼ無尽蔵に存在する再生可能エネルギーの利用に転換すべきだとの主張があります。これに依拠して太陽光電池や風力発電装置など機械装置の優位性が広く浸透し、製 品が普及する原因にもなっています。税金による普及促進も盛んに行われてい るのですが、本当にこれらの税金投入には合理性があるのか議論が必要です。
 
それではエネルギー資源は実際に枯渇するのでしょうか?環境から炭素を取り 込むことができるようになった生物は39億年前に地球上に誕生した、という最 新の研究成果が著名な科学雑誌ネイチャーに公表されました。またエネルギー の埋蔵量は使用量の数千年分にも達するとの報告もあり、エネルギー枯渇説の 裏側にある現実を再考しなくてなならない時に来ているように思います。
 
それではどうしてエネルギーは「使える量に限りがある」のでしょうか?1956 年に米国の地質学者ハバートが米国石油学会で発表した「ピークオイル理論」 を模式的に示したのが上図です。エネルギーの需要が高まると価格は上昇しま すが、新たな埋蔵の発見がなく採掘技術にも進歩がないとすると、エネルギー の生産量に極限値としてのピークが出現する、というのがこの理論の趣旨です。 実際にピークオイルは2005年に出現したと言われています。
 
一方で従来は採掘が不可能であると考えられていたシェールオイルなどの採掘 技術が高度に進歩してコンパラブルな価格になると、化石エネルギーの生産量 は需要を大きく上回るようになりました。日本近海の海底に大量に埋蔵されて いるメタンハイドレードの採取技術も、経済的合理性を持って可能になると考 えられます。化石エネルギー資源は本当に枯渇するのでしょうか?
 
3 使うとゴミが出る。
 
最後にエネルギー利用で最も深刻だと考えられるのが、このゴミ排出問題です。 気候変動に関する政府間協議でも度々レポートが発出されているように、地球 規模での気候変動や異常気象は地球温暖化物質の排出量の増加に起因している という仮説が注目されています。とりわけ二酸化炭素濃度の上昇は化石燃料の 消費によって引き起こされると言われているため温暖化の主犯格として槍玉に 上がっているところです。もちろんこの仮説にも科学的な異論はあるのです。
 
 
地球誕生以降、地球上にある炭素量はほぼ一定であると考えられますから、同 化によって蓄えられた炭素が消費によって大気中に放散されるのは至極当然で す。ただ地球規模での気候変動の主因が二酸化炭素であるという仮説はいささか乱暴すぎる議論ではないかと思います。また、家畜の飼育によって排出され た糞尿が原因で放散されたメタンガス量が話題にならないのは、この議論に何 か不都合なことがあるからではないでしょうか。温暖化は寒冷化よりも適応し やすく人為的に抑え込めない気候変動の中では好都合という考え方もあります。
 
エネルギー革命が起きるまでの対応を、今から考えよう。
 
太陽光発電に代わる日射利用の方法として人工光合成の研究が急速に進展して います。また、藻類バイオマスは安価で大量のエネルギーをゼロエミッション で利用できる可能性を秘めている技術で、資源小国日本でも次世代型エネルギー 革命を担う主役候補として期待が集まっています。エネルギー技術は必ず革命 的に進歩します。それまでの時間にしっかりとした科学的検証が必要です。
 
毎月届く電気料金の請求書には見えないほどの小さな字で「再エネ発電賦課金」 という項目が記載されています。悪名高き消費税よりも高額ですが、ほとんど の人は気付かずに支払っているのではないでしょうか?私は発電事業者でもあ りませんし、再生エネ発電を誰かに依頼したこともありません
 

 
エネルギー研究の成果は科学的なエビデンスの蓄積の上に成立しているのです が、悲しいことに研究成果が科学者の手を離れた瞬間から論拠が変容してしま う事例が少なくありません。ほんの一握りのエネルギー利権者や事業者、資源 保有国の利益のために研究成果を都合よく利用していたのでは、人類を危機に 晒すだけです。エネルギー問題の主体は、あくまでも利用者なのです。
 
ICTで拡散されるエネルギー関連の膨大な情報を批判力無しに受け入れるので はなく、エネルギーの利用について一人一人が判断する必要に迫られています。 決断するまでに残された時間は、あまり多くはないのですから。
 
 

室内気候研究所 主席研究員
工学博士  石戸谷 裕二
■公式 HP:  http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 24 エネルギーについて考えてみよう。その1

大量のエネルギー使用を前提とした現代社会は持続可能なのか?

美しい深緑の森林、どこまでも透き通ったオーシャンブルー。太陽の恵みと清浄な無尽蔵の水に育まれ、生命が横溢する私達の地球。人工衛星から送られてくる地球の画像は神秘に彩られ、深淵な生態系を支え続ける地球の絶対的な威厳を示しているかのようです。そこでは人間の活動は矮小化され、存在の痕跡を確信することもできません。地球の前では人間も無辜の乳飲み子のように、あまりにも無力で曖昧な存在に過ぎないことを改めて思い知らされます。
 

 
一方、夜の衛星画像はどうでしょう?漆黒の闇には無数の明かりが連鎖して浮かび上がり、人間の存在を誇示するかのように明滅しています。あくまでも静かな昼の表情とは比べようもないほど、人間の貪欲なまでの消費行動があからさまに顕在化し、我愛がとめどなく表出しているようにさえ見えます。

しかもエネルギー消費の証でもある灯りの密度は地域の人口に比例してしているわけではなく、経済活動の大小によって著しく偏在していることがわかります。北米の東岸、欧州地域、中東湾岸地域、南アジア、中国沿岸部そして日本。工業化が進み富が蓄積された地域では昼夜途切れることなく膨大な量のエネルギーが消費され、その背景では漆黒の宵闇が明けていくのを待ちわびる夥しい数の人々の暮らしがあることを忘れるわけにはいきません。
 

 
偏在する富は憎悪を生起させ、格差は拡大し続けています。地球規模でのエネルギーや富の再配分は、平和な暮らしにとって不可欠であることは言うまでもありません。石油に換算した一次エネルギー消費量の推移は地域経済の発展とともに変遷を遂げ私達に新たな課題を投げかけてきます。エネルギー消費の抑制を単なる無駄遣いの防止という観点で論じるのではなく、消費のあり方の向こうにある人類の持続可能性という視点で再考してみる必要がありそうです。
 

 
下図は世界の一人当たりのエネルギー消費量を示しています。全人類の平均消費量は2,000 [W]程度であると言われていますが、貧困や紛争、食糧危機に悩まされている地域では平均をはるかに下回ります。例えばバングラディシュの消費量は平均値の10分の1にしか過ぎません。他方、豊富な資源に恵まれ経済的な発展が進むアメリカでは平均値の5倍、資源小国でありながら工業化が進むスイスや日本では平均の2.5倍ものエネルギーを消費している現実があります。
 

 
エネルギー消費量が飛躍的に伸長し資源の枯渇が声高に叫ばれていた1970年代以降、資源の採取技術は高度に革新され、再生利用可能な低未利用エネルギーの活用技術もいくつか開発されるようになりました。しかし、地球の持続可能性に関わるカギを握るのは自分が使用できる量を潤沢に確保することではなく、少ないエネルギーで豊かに暮らすというライフスタイルの価値と、他者とも豊かさを分かち合おうとする理念に尽きるのではないでしょうか。個の持続可能性を高めようとする本能と、人類全体としての持続可能性を高めるという理性の背反を解決できるか。エネルギー問題の本質はここにあると思います。
 

室内気候研究所 主席研究員
工学博士  石戸谷 裕二
■公式 HP:  http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 23 照明と良い睡眠、そして健康の関係は?

質の高い睡眠と健康には高い相関関係が!

質の高い睡眠の量と健康との関係が、最近注目されているようです。体内時計 を正確に維持することが健康生活の要諦であることは以前にも説明しましたが、 ここでは照明と睡眠の質、そして健康との関係を考えてみることにします。

人間の新陳代謝が夜間に活性化するわけは?

昼間の太陽光に含まれる紫外線は化学線とも呼ばれ、生物を構成している高分 子の化学的構造をも変化させるほどの強度と機能性を持っています。お布団を 天日干しにすると細菌やダニまでもが死滅してしまうほどの威力です。
その紫外線から細胞内の DNA を保護しつつ傷ついた細胞の修復や再生を安全 に行うため、私たちの体中では夜の間に新陳代謝が行われています。生体内で の化学反応を制御する酵素や免疫細胞の生産・修復も、睡眠中に活性化すると 言われています。子どもの発達に欠かすことのできないヒト成長ホルモンは夜 間の睡眠中にのみ分泌されるのと同様です。古来、寝る子は育つのです。
 

 
睡眠は昼間の活動で疲労した脳と肉体を休めるばかりでなく、生体の持続可能 性を高め、物質として新しい自分へと生まれ変わるために不可欠な時間なので す。特に午後 10 時から午前 2 時までの時間帯にどれだけ良質な睡眠が得られる かはガン細胞の増殖を抑え、風邪をひきにくい体を維持するためのカギです。

メラトニンの分泌停止には、朝の陽光と寒気浴が効果的。

睡眠と覚醒を司っているホルモン、それはメラトニンです。前述のようにメラ トニンの分泌にも体内時計(サーカディアンリズム)が関与しています。
質の良い睡眠を十分に取った朝には爽快で気持ちの良い目覚めが待っています。 十分な休養を取り免疫細胞の活性化した状態でメラトニンの分泌を停止させま しょう。スムースな覚醒を引き起こして活動的な状態を生起させるには、朝陽 と新鮮な空気をたっぷりと吸う寒気浴が効果的です。約 1,500 [lx]程度の朝陽を 浴びると脳は再び活性化の準備を始めます。特に幼児期にはサーカディアンリ ズムの発達が不十分ですから、この習慣を乳児期から身につけておくことが健 康と成長の秘訣になります。起床後いつまでも新陳代謝を引きずることは、遺 伝子の損傷を促進し免疫の不活性化の要因ともなりますので注意しましょう。
 

 
学習や就業には、色温度が高めの白色照明が向いている。

学習効果や仕事の効率を高めるためには、比較的色温度が高めの白色光が好適 です。太古から人間は自然光の中で狩猟や採取などの活動をしてきましたので、 自然光に近い白色光は緊張や集中力を高める効果があるのです。逆に言えば、 白色光で深夜まで残業を繰り返すと緊張している時間が著しく超過して睡眠負 債とストレスを招き、新陳代謝という睡眠の重要な役割を阻害してしまいます。

メラトニン分泌のスケジュールに合わせた環境調整が必要。

メラトニンが分泌し始めるのは午後10頃ですから、これまでに睡眠の準備が整 っている必要があります。また睡眠の導入には人間の深部体温(コア体温)が 低下傾向にあることも欠かせません。就寝前にぬるめの湯に浸かり深部体温を 十分にあげておくと、スムースに深い睡眠へと移行することができます。

 

 
また就寝までの時間帯には色温度が比較的低めの暖色系照明が効果的です。仕 事を終えてから徐々に照明を暖色に調色して光量を抑え、自分が休息に向かっ ているというシグナルを脳に与えることで、睡眠導入への効果は一層高まりま す。終業時間の間際には光量を抑えた暖色に事務所を調光し、夕食や団欒のひ
と時にも家庭内の調光色を継続してください。永く照明の主役だった蛍光灯の 光は色温度が高く仕事には向いているものの休息には不向きだったため、最近 の住宅では調光・調色可能な LED 照明への置き換えが進んでいます。また、欧 州ではキャンドルや暖炉の灯りなど、自然な照明が文化として定着しています。
 

 
人間の生活習慣は数百万年もの間、自然のリズムとりわけ太陽の運行を基調と して定着してきました。そのリズムに適応できなかった種は残念ながら自然に 淘汰され、我々の祖先だけが生き残ったと考えることもできそうです。

1 日の始まりと終わりを知らせる朝陽や夕日の茜色。日中の太陽の眩いばかりの 光量と夕暮れ時のぼんやりとした薄暗さ。自然に習い、自然に生きる。人間の 健康とはそんな生活の中で育まれていくのではないでしょうか?

室内での活動が長時間化し、さらに高度化している現代人にとって照明の選択 と調節はますます重要性が増してきています。

 
 
室内気候研究所 主席研究員
工学博士  石戸谷 裕二
■公式 HP:  http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 22 「メカハウス」は資産価値が劣化しやすい。

利便性向上の陰で、どんどん増えていく家電と住宅設備。

製品供給力が脆弱だった時代には自家用車やカラーテレビ、エアコンなどの耐 久消費財が所有者のステータスシンボルとして取りざたされることもありまし た。いわゆる新三種の神器です。物が溢れる現代では家電製品や設備機器が、 快適で便利な暮らしにとって、なくてはならないものになっています。
 

 
冬家電の主役はヒートポンプエアコンや電気ストーブ、電気こたつですが、「暖 房」を冠する家電品には、暖房カーペット、暖房便座、果ては暖房スリッパな どもあり、秋の家電量販店の棚には様々な新商品が並びます。「空間全体から 寒さを排除する」という「暖房」本来の意味からはいささか逸脱した商品が、 今でも販売されているようです。裏を返せば、それだけ住宅の「寒さ」に対す る建築的な対策の不備が浮き彫りになってくる、と考えることもできそうです。

設備選びで、効率や対費用効果の他に考えるべき点は?

家電製品にせよ住宅設備にせよ、本質的にはエネルギーを変換して所要の仕事 をしてくれる機械ですから、自ずと摩耗や故障はつきものです。発売当初に発
生しがちな設計などの不備によって生じる初期故障は避けて通れません。巨額 な開発費を投じて発表された航空機や自動車であれ、初期故障から逃れること はできませんし、新商品のリコールが話題になることもしばしばあります。ま た、使用期間に関係なく発生する偶発故障に加えて、長期間の使用によって生 じる磨耗・劣化故障を加味すると、設備の購入から廃棄までに生じる故障の確 率は図に示すような形状をしており、一般にバスタブ曲線とも呼ばれています。
 

 
設備を長期間効率よく、しかも故障をさせずに使用するためには定期的なメン テナンスが不可欠です。日本で発達している車検制度はこのバスタブ曲線を平 準化するための優れたシステムであると考えられます。設備を使うということ は、メンテナンスにかかる費用を予め計上しておくことが必要だということで す。また寿命がきた設備は交換しなければならないことも忘れてはいけません。

オプションを追加すると便利になる自動車と、住宅の違いは?

自動車選びでは予算に合わせてオプションを追加していくと、さらに便利で高 級な使用感になることは誰しも経験するところです。それでは住宅はどうでし ょうか?ネット上でも氾濫している住宅設備を礼賛するような広告。住宅の本 質である断熱や耐震性能を蔑ろにしても、高価な設備を追加することで実現す る快適な暮らしとは?著名な建築家ミース・ファン・デル・ローエが我々に残 してくれた言葉
”Less is more.”
が考えるヒントになるかもしれません。
故障率 Failure Rate
簡素でシンプルなデザインは、人々を豊かにしてくれる。これ以上削ぎ落とす ことができない究極のデザインこそが、物質では満たされない至福の喜びを居 住者に与えてくれる、とでも解釈すれば良いのでしょうか。今本当に必要不可 欠な設備は何か?何が不要な設備なのかを十分に理解することが必要でしょう。

「メカハウス」はなぜ資産価値が劣化しやすいのでしょうか。

あなたにとって最低限必要な設備とは何ですか?PV や蓄電池は本当に幸せな 未来を約束してくれるのでしょうか?高額な機器をふんだんに設置した住宅を、 若干の皮肉を込めて「メカハウス」と呼ぶことにしましょう。対比されるのは 建築的手法を主体にして設備に頼らないことを旨とするパッシブハウスです。
住宅建設の予算は、多くの場合で限りがありますので、設備機器に多くの予算 を回すと建築本体にかけられる予算は相対的に少なくなります。ですから、建 築本体の予算を十分に確保したパッシブハウスに比べると、メカハウスの建築 劣化のスピードは格段に上昇してしまいます。
また、設備の寿命はおおよそ 10 年程度ですから、建築本体の寿命 60 年に比較 すると非常に短いので、住宅ローンを支払い中の期間にも設備更新の時期がや ってきます。しかも設備の量が多ければ多いほど、更新にかかる費用も多大に なるということです。もしも更新をせずに放置すると、住宅自体の資産価値も 劣化してしまうことになります。

 

 
一方、建築本体に関わる規制や基準は年々強化される傾向にあります。建築本 体の断熱や耐震性能を低くしてしまうと将来的に基準不適合な住宅となります から、この意味においても資産価値の劣化は生じるのです。

必要不可欠なものが理解できれば、美しい健康生活が生まれる。

欧米の住宅の資産価値は購入時よりも居住年数が長くなるほど高くなる、とい う事実はよく知られているところです。自分の住宅に愛着を抱き、年々手を加 えてより快適な環境を自ら見出し、創り出す努力を常に惜しまない。 人間の健康を考えるとき、ややもすると肉体的健康に目が向きがちですが、精 神的な満足感や幸福感は健康にとって不可欠でしょう。欧米の住宅の価値が居 住者の幸福感の積み重ねに比例していると考えれば、資産価値にまつわる事象 をよく理解できるのではないでしょうか。竣工時の一瞬が、住宅にとって最高 に美しい時ではないことを、心から祈るばかりです。
 
<この人には、本当に PV が必要なのか?>

 
  

室内気候研究所 主席研究員
工学博士  石戸谷 裕二
■公式 HP:  http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 21 空気の質に無頓着すぎませんか?

人間は閉鎖系ですか?それとも開放系ですか?

これまで換気の大切さと、その意味を環境や設備からの視点で考えてきました。
ここでは、人間の視点に立って換気を再考してみることにしましょう。

人間、特に日本人は家族や仲間、会社組織などの閉鎖的な小集団に帰属し、個 性を押し殺して他を忖度しながら生活することが得意な人種であると言われて います。自分の名前よりは苗字が最初にやってきますし、意見が対立しそうな 話題は避け「和をもって尊し」とする価値観を大切にしてきました。外国人か らするとどうしても理解できない閉鎖系の住民、それが日本人のようです。

一方で熱力学の第二法則を持ち出すまでもなく、人間は外界との間で物質とエ ネルギーを交換せずには生きてはいけないのですから、開放的な系であると考 えることができそうです。物質交換の中で最も重要なもの、それは「食物・水・ 空気」であり、いずれが欠けていても永続的に存在することはできません。も ちろん、取り込む物質の質が健康に影響を与えることはいうまでもありません。
 

 
物質交換量で最も多いのは空気です!

一般的な成人が 1 日に摂取する食料は約 1 [kg]であると言われています。幸い にも現代日本人は食料を大量に生産し、計画的に貯蔵しておくことが可能です から、毎日の食料をその日のうちに集める労苦から解放されています。他の動 物が一生の多くの時間を食料調達に当てなくてはいけないことを考えれば、人 間は本当に豊かな人生を送ることができているわけです。健康のために無農薬 野菜や有機食物を選択的にとっている方やサプリの利用者も少なくありません。

また水は約2 [kg]。大きめのペットボトル1本分の水分を毎日摂取しています。 近年ではボトル入りのミネラルウォーターは生活にすっかり根付いていますが、 潤沢な水資源に恵まれた日本では、遠隔地まで出かけて良質な湧き水を分けて いただき、お茶やコーヒー、炊飯に利用されている方も多いと思います。

しかし意外と意識されていない必須物質、それは空気です。1 日の摂取量は約 20 [kg]と圧倒的に多く、人間はご飯約 100 杯分もの空気を毎日取り込んで暮ら しています。食料や水に比較すると目に見えないというハンディキャップがあ るせいでしょうか、新鮮で澄んだ空気の大切さは意識下に沈んだままになって いるようです。でも、空気質が疾病を引き起こしてからでは手遅れです。

20 [kg]もの空気の品質管理を機械任せにして良いのか?

日本でも公害問題が深刻だった 1960 年代から 70 年代には空気に含まれる有害 物質が社会問題となり、四日市ぜんそくなど被害が毎日のように報道されてい た時代もありました。近年では花粉症患者の増加、黄砂被害、隣国中国での PM2.5 問題などが俎上に登る機会以外は、空気質は換気扇と空気清浄機に任せ っぱなしのようです。適正な使用方法とメンテナンスが必要な機械に大切な空 気質の管理を無邪気に委ねていても良いのでしょうか?疑問が残るところです。

ハイキングや登山の楽しみの一つに、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み開放 感に満たされることがあります。澄み切った空気と水、清浄な自然が人間にと って一層大切であることを実感させてくれるひと時でもあります。

ご承知のように、新建材などから放散される揮発性有機物(Volatile Organic Compounds)が原因とみられる「シックハウス症候群」の対策として住宅内部 の VOC 濃度は厳しく規制されています。しかし微量ではあれ建材や家具、日用 品から放散される化学物質が室内からなくなるわけではなく、健康被害のリス クは依然としてゼロではありません。外気の導入によって有害物質の濃度を希 釈することはできても、希釈換気で VOC を取り除くことはほぼ不可能です。

空気中の VOC や生活臭、ペット臭を取り除いてくれる建材もある!

下図は空気清浄機能のある建材のガス吸着性能の測定結果です。オレンジ色の 線が空気清浄建材の性能曲線で、基準値 0.08[ppm]を大幅に超過する濃度のホ ルムアルデヒドが約2時間で不検出になるほど低下しているのがわかります。 機械任せ、薬品任せの空気清浄には自ずと限界があります。汚染物質の吸着、 分解作用のある建材を積極的に採用してみるのも有効な手段です。
 

 
  
室内気候研究所 主席研究員
工学博士  石戸谷 裕二
■公式 HP:  http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 20 「気密」が必要な本当の理由は?

大和朝廷の北侵を阻んだのは、寒冷な気候と住文化の違い。

関東以北から北海道地方には、弥生時代以降も続縄文文化や擦文文化に属する 先住の人々が居住しており、大和朝廷成立後も関東以西とは異なる文化的な発 展を遂げていました。7世紀ごろから隋や朝鮮半島など周辺諸国との国際情勢 の変化により東北地方に対する朝廷勢力の進出が繰り返されたものの、11世紀 以降は先住豪族による統治と朝廷との連携が成立することになります。

では、なぜ北方域は中央政権の直接的支配下とはならなかったのでしょうか? そこには武力的な均衡の他に、寒冷な気候風土への社会的適応能力の低さが原 因としてあげられます。関東以西の蒸暑域では湿潤がもたらす生活への影響を 排除するために、住居には徹底した外部への開放が求められます。「家屋文鏡」 にも見られるように、竪穴式住居などの接地閉鎖系住居から、高床式の非接地 開放系住居への構法の変化が不可欠であったということでしょう。
 

 
北海道に開放型住居を立てて暮らすと、どうなるのでしょう?

明治期の北海道には開拓使が置かれ、屯田兵制度が制定されました。北海道の 開拓と警備を担う人々が屯田兵に志願し移住することになります。彼らの住居 は復元され現在も後世にその姿を伝えていますが、下見板張りの外壁は冬でも 外気の侵入を無防備に促し、囲炉裏の火を生活の中心に据えつつ凍えるような 環境の中で春の到来を待ちわびていた姿は容易に想像することがでそうです。

一方、先住民族であるアイヌの人々の住宅は「チセ」と呼ばれますが、萱や笹 で拭かれた屋根、壁の空気密閉性能は板張りよりもかなり高く、必要換気量は 室内で燃焼させる薪の量に多く依存しています。屋根に積もった雪が解けない 程度に薪を燃やし土間を温めることで、厳寒期でも生存できる環境を創生する ことが可能でした。古より寒冷地に住む賢人たちの暮らしの知恵です。

気密化の技術が、壁体内結露による被害を防止した。

住宅の気密化が叫ばれるようになったのは比較的新しく、断熱強化を推進して いく過程で技術開発が行われました。不幸にも、断熱強化の過程で断熱層内の 結露問題が顕在化し、その対処法として防湿層の施工が推奨されることになり、 結果として気密化が推進されました。住宅の気密性能を測定して建築性能の一 つとして表示するようになったのはごく最近のことです。

 
 

 
「気密」でなければ「計画換気」は実現できない。

しかし、気密化によってもたらされるものは内部結露の防止ばかりではありま せん。低温の隙間風が無秩序に室内に侵入することを抑え、快適性を向上させ ることができます。窓建具の目張りや隙間予防テープは不要となりました。

さらに重要なことは気密化で換気を計画的に実施することが可能になるという 視点です。どこから、どの程度の新鮮空気を室内に導入し、汚染された空気を どこから排出するのか。計画換気は室内の空気質を維持し健康で衛生的な環境 をつくるばかりでなく、温熱的な快適性を高めることに大きく貢献しています。 計画換気は隙間だらけの住宅では実現することができません。法的に義務付け られている換気の技術的基礎は、気密技術に依拠していると言えるのです。

気密性能が必要な本当の理由は「計画換気」の基礎となる技術だからです。
 

 
  
室内気候研究所 主席研究員
工学博士  石戸谷 裕二
■公式 HP:  http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 19 「断熱」が必要な本当の理由は?。

「断熱」の主目的は、エネルギー消費量の抑制なのでしょうか?

熱容量を無視すれば、壁を還流して流出(夏は流入)する熱量は壁の熱抵抗に 反比例しますから、熱抵抗を限りなく大きくすると流出熱量はゼロに近づくこ とになります。結果、冷暖房費を安上がりにすることができるわけです。
建築物の熱抵抗を大きくするには、性能の良い断熱材を、できるだけ厚く施工 する必要があります。でも断熱材を厚くするということは、それだけ床面積が 減ることにもなりますから、断熱材の厚さには自ずと限界がありそうです。
一方で、壁を還流して流れる熱量の計算は電卓さえあれば比較的簡単にできま すから、断熱材を厚くする費用と光熱費の低減量を比較して、対費用効果を数 値化することもできます。この計算が「断熱」の普及にも大きく貢献してきた のですが、「断熱」の本来の意味は光熱費を少なくすることなのでしょうか?
 

無機系断熱材で最高の断熱性能を誇る
「シリカエアロゲル」の外貼り施工風景。
 
不快で、不健康な環境は、表面温度の低さが原因になっている。

新築を検討している人が、最も改善したいと考えている住宅にまつわる問題は 「暑さ」「寒さ」「結露」が圧倒的な割合で上位を占めており、これら室内の 温熱環境に関連した苦情が未だに多いことは以前にも述べたとおりです。それ ではなぜこれらの問題が日本中の住宅に、広く蔓延っているのでしょうか?

それは断熱性能が不足していて、室内の表面温度が低いままに放置されている 住宅が、数え切れないほど存在していることに原因があります。室内の表面温 度は、サーモカメラがないと寒暖計では直接的に計測することができません。 これを簡単に図表から読み取ることができるよう、下図を用意しました。

室内外の温度差が 30°Cにもなる冬の寒い朝、一般的なペアガラス(U=3.0)の 表面温度は室空気温度より 10°Cも低くなることがわかります。これではガラス の表面に「結露」が生じて、カビの発生原因にもなってしまいます。そこで断 熱性能をトリプルガラス(U=1.0)にまで高めてあげると、表面温度の低下は 4.4°Cに抑えられますから、「結露」の危険性を除去することも可能になります。 もちろん体感温度も上がりますから「寒さ」の原因を取除くこともできます。
 

 
温熱環境の質は「断熱」がカギを握っている。

機能を数値化して説明することを、「機能を見える化する」などということが あります。光熱費削減量の計算などはその典型的な例かもしれません。数量化 すると機能の比較が容易になり、効率的に設計が進められる利点もあります。

しかし「断熱」の本来の目的は、室内と外界を熱的に分離して「暑さ」「寒さ」 を室内から除去することにあります。「断熱」で健康・快適な暮らしを創生す ると、生活の「質」を向上させることができるのです。そして住宅の室内環境 の「質」のカギを握るのが「室内表面温度」なのです。「断熱」技術の出発点 は生活の「質」の向上にあることを改めて確認できればと思います。

 
 

 
 
室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 18 窓の機能を再考してみよう。

窓の機能を建築学的に、もう一度整理してみることにしましょう。

以前にも述べたように窓は外界と室内環境をつなぐ、情報のフィルターの役割を担っています。窓は必要な外界の情報を、必要なぶんだけ透過して、室内に良質な刺激を与えてくれるのです。壁や床、屋根が外界の変化を遮断して、安心感を醸成するシェルターの役割を担っているのとは好対照です。

建築は「安心シェルター」、窓は自然を楽しむための「刺激フィルター」です。

室内に自然な光の変動を取り込み、朝、夕など相対的な時刻の差異を知らせてくれるのは窓の大切な機能です。発電所の管制室や地下鉄の運転席を想像してみてください。窓のない空間を無窓空間と言いますが、完全に自然と隔絶された環境で終日働いてくれる皆さんのご苦労には、頭が下がる思いです。

 

 
熱や光、音や空気を透過させたり遮断することで、自然の変化を和らげ、健康・快適で能率的な室内気候を作ることは、「窓」の大切な役割です。

人工照明が発達して執務空間から窓までの距離がとても深くなった現代のオフィス。昼間から照明の下で仕事をしている人たちは、昼夜の別なく長時間労働を強いられることも多く、過度なストレスにさらされているのではないでしょうか?明るいうちは精一杯働き、夕方に薄暗くなってきたら休む。窓の機能の見直しは、現代人の働き方を見直すきっかけにもなろうかとも思います。
 
(自然の変化を感じながら、創造的な活動を行う空間)


自然の中で働き、人工環境で休む。

人間に五感を生起させる感覚受容器は、自然界にある危険や脅威を事前に察知 して種の保存をはかるために発達して来たと言われています。科学の発達に伴 って、現代では感覚の退化が心配されるほどに自然界の危険が大幅に縮小され てきました。今後もこの傾向は強まっていくものと思います。

しかし自然環境では感覚を研ぎ澄まし、人工環境下では鎮静するという生物と しての本質が変化することはないでしょう。人工環境下における人間の活動が 高度化し、さらに長時間化している現代では、人間の生理学的な特性と心理学 的な容態に大きな乖離が見られるようです。

またサーカディアンリズムを維持することは、人間にとって健康を維持・増進 するために必要不可欠な条件です。古来より、日中は危険な屋外で採集や狩猟 によって生活の糧を獲得し、夜になったら安全な住処に戻って集団で過ごす。

洞窟遺跡の壁画を見ると、閉鎖された非自然空間は人間に安息を与えることで、 洞窟は祈りと芸術の場へと昇華したのではではないか。安らぎと活動。自然や 危険からの退避。建築が人間にもたらした影響の大きさを、改めて感じます。

一方で「窓」のデザインは建築のファサードを印象付ける大切な要素です。室 内条件からの要求性能と外部のデザインに整合性をもたせた建築は、誰がみて も美しいものです。つまり、窓設計の環境工学的なアプローチは単に熱や光、 空気といった物理的な要求を満たすために設計されると言うより、環境設計が 建築デザインそのものの基礎となっていると言っても過言ではありません。窓 は室内の要求を主張して、形状として外部へと表出しているわけです。

 

(建築の表情は閉鎖と開放のリズミカルな変化に宿ります。)


室内に自然の穏やかな変化をデザインする。
建築の専門家は、窓の設計に託された大切な課題を忘れてはいけません。

 
 
室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 17 日射を友として生きる知恵。

生きとし生けるものの活動の原点。全ての生命の母、太陽。

古来より、開口部とりわけ「窓」をどう作るかは建築技術の最大テーマです。高床式住居は日本の木造住宅に見られる梁柱構造の原形ですが、柱と柱の間をいかに埋めるのかが課題で、まどは「間戸」と呼称されてきました。風雨の影響を避け、人間や食物をいかに守るのか?が、「間戸」の主眼点と言えます。

一方で煉瓦や石積みのような組積造では、窓は「window」。風や光の通り道として、窓をいかに大きくできるかが建築技術の課題でした。窓を大きくすることは組積造建築技術者の夢であり、光庭や縦長の窓が一世を風靡した理由です。新古典主義全盛の時代のアメリカで、フランク・ロイド・ライトが日本建築にインスパイアされた理由も、このあたりに原因がありそうです。

一方で18世紀の欧州ではオランジェリーという温室の原形が大流行します。イタリアではルネッサンス期からオレンジやシトラスを通年栽培するために数々の工夫を凝らした温室が盛んに建造され、副次的に人々は冬の日差しを楽しむことができるようになります。そして1851年、ガラス建築はロンドン万博でクリスタル・パレス(水晶宮)として具象化され、人々を魅了していくのです。

ある時は日射を遮断し、ある時は十分に取り込んで暮らしに役立てるのか。

窓の設計の最適化は、建築がこの世に生まれてから絶えず人間に向けられてきた古くて新しい問いです。また、太陽光の強度は季節や時間によっても大きく変化するため、その利用には様々な工夫が必要なことは言うまでもありません。

冬の日射熱利用には熱容量の大きな土壁や漆喰を使って熱を蓄える「蓄熱」技術が用いられてきました。土蔵や蔵座敷の構法としてもよく知られています。この技術を現代風にアレンジしたのが潜熱蓄熱内装左官材。室内に取り込んだ日射を壁や天井に蓄えて、夜間の暖房に利用する手法です(写真1)。
 

 
(写真1)日射熱を「蓄熱」してくれる潜熱蓄熱材を施工した室内
穏やかな室温変動は過剰な空気の乾燥を抑えて健康な環境をつくります
一方、皆さんも夏の暑さを凌ぐため葦簀(よしず)やすだれを利用したことがあるのではないでしょうか?開口部の外側に日射を遮蔽するための部材を設置すると、真夏でも涼しく過ごすことができます。古人の知恵です。

でも、日射熱を遮蔽しようとすると、室内がどうしても暗くなる。これを解決してくれるのが可視光拡散型の日射遮蔽材です(写真2)。和風の障子を思わせるような柔らかな光が室内へを差し込み、眩しさを感じずに夏の光を楽しむことできるわけです。バネ式のロールスクリーン・タイプですから収納やお手入れも簡単です。

女性の社会進出が進む現在社会では、天候の変化に合わせた遮蔽材の移動や保管が難しくなってきています。最新のIoT技術を駆使して、電動式の外付けブラインドをスマホで遠隔操作・監視するシステムも開発されています(写真3)。日々進化している建築技術を利用して、日射と上手にお付き合いしながら健康で快適な室内を作っていきたいものです。



(写真2)耐候性の高い不織布を設置した開口部拡散された可視光が
     部屋の内部へと優しく差し込んできます。


(写真3)最新の電動ブラインド
     スマートハウスとの連携も近い将来可能になるでしょう
 
 
室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 16 消えた大屋根と庇。

春には軒先の縁側で、ぽかぽかと日差しを楽しむ。
夏は庇の下や、天井の高い土間玄関で、ひんやりと涼を得る。

伝統的な日本家屋が持つ四季折々の原風景も、進行する住宅地の都市化と敷地面積の狭小化によって、どこか遠い昔のおとぎ話へと変化してしまいました。


<写真 首里城書院の間の縁側>


<写真 シンガポールのハーバー地域にあるビル群>

太陽の恵みと強大な力を常に感じつつ、日射と仲良く暮らしていく住まい。四季の変化に対応した日射の調整は、窓の遮熱性能だけでは実現不可能です。深い庇、葦簀やすだれ、障子や鎧戸が果たしてきた役割を、現代の建築技術はどのような機構に置き換えていけば良いのでしょうか?


<写真 屋内庭園を持つレストランの縁側>

常に変化する住まい手の要求。時事刻々と変化する自然環境。これらをつなぐのは、変化することができる建築以外にないような気がします。伝統的な家屋建築の知恵をもう一度見直しつつ、IoT技術なども活用しながら豊かで健康的な環境を創出していかなくてはならない時代です。

一つの技術で全てを解決するのではなく、使い方などソフトを含めた技術の総合化がこれからの住宅建築を支えていく鍵になりそうです。 


<プレミアムパッシブハウスの建築化外構と庇>


 
 
室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 15 断熱材はどこまで厚くすれば良いのか?

壁からの熱損失を少なくすると省エネルギーになるので、断熱材は可能な限り 厚くするべきだ。だから断熱材が厚い方が「良い住宅」 だ。

一見正しく見える議論ですが、不毛とも言えるような「UA 値競争」が際限なく 繰り返されている現状は、健康住宅にとって本当に望ましい姿なのでしょうか。 もちろん断熱材を厚くするためには工事費用もかかりますので、自ずと限界が あります。それでは断熱材はどこまで厚くすれば良いのでしょうか?

理想的な将来像を予測するためには断熱技術の過去に立ち返り、その歴史を見 通すことで理解しようとする「帰納法的な歴史論考」が有用だと思います。

断熱技術が現在ほど発達していなかった 1970 年代以前の住宅。外界と室内と の熱的な境界線「断熱」層がありませんでしたから、室内の温度はほぼ外界と 同程度で推移することになります。外気温が終日零下となるような地域では、 囲炉裏や高温のストーブで暖をとるのが一般的でした。家の中で焚き火です。

ほんの 50 年ほど前の日本では、健康的な室内環境とは程遠い住環境が当たり前 でした。そして、環境弱者である子供たちや高齢者がいつもその犠牲者です。 日本の冬の暮らしを豊かで誇りあるものにしたい。「断熱」技術の先駆者達は、 理想の住環境を求めて技術開発とその普及に邁進することになります。

この普及を後押ししてくれたのが政府の施策です。1979 年(昭和 54 年)。二 次に亘るオイルショックを経験した資源小国日本は、住宅のエネルギー消費に 一定の歯止めをかけるために「省エネルギー法」を制定し消費の適正化を目指 します。ここから「断熱」技術が広く国民に認識されるようになるわけです。

当時の住宅はほぼ全てが伝統的な在来木質構法で建築されていましたので、 105mm の柱の間に断熱材を充填する方法が初めに開発されます。窓の建て具 がサッシュに取って代わられるようになったのも、ちょうどこのころからです。

その後、木質パネル工法が紹介されるとともに、断熱材の厚さをさらに増加さ せるために外貼り工法が開発され現在に至るわけです。壁の熱損失はニュート ンの冷却法則で簡単に説明でき、断熱材を無限大にすると伝熱量はゼロに近づ くことになりますから、これが UA 値競争に拍車をかけることになります。


<壁の厚さが 600mm を超えるドイツの住宅の例>

トップランナーと呼ばれる建築業者が作る住宅では、壁の厚さが 600mm 以上 ということも今では珍しくありません。しかし、建築の構法や材料との整合性 を取ることを前提として「美しく建てる」ことも住宅設計ではとても大切です。

梁・柱構造が持っている軽快で清楚なデザインは、煉瓦や石造りの厚い壁が持 つ陰影や重厚感とは相容れないものです。また、日本の森林で生産される木材 から 600mm の壁を作ることは、持続可能性が低い解決策だとも言えます。

これらを解決するために必要な、新規のコンセプトが求められています。熱環 境性能を定常計算で容易に判断する時代から、「蓄熱性能」「遮熱性能」を含 めた動的な環境評価によって構法の最適化を図る時代への変化が必要です。

「断熱」性能の向上が目指していた健康環境の創出という原点に立ち返り、エ ネルギー消費との整合性にも配慮する姿勢が現在の建築技術者に求められてい るのです。「断熱」だけで全てが解決されると考えるのは、いささか単純すぎ て危険な方向へと住宅を導くことにならないか、危惧されるところです。

「断熱」「蓄熱」「遮熱」技術の融合と非定常状態での総合的理解は、健康的 で経済的に家族の安全・安心を守る新たな指標となろうとしているのです。




 
 
室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 14 北緯38°は、北国なのか?

四季折々の変化や風光明媚な景観など、南北に長く広がる日本は、世界的にみても稀有な自然大国です。

しかし豊かな恵みを私たちに与えてくれる自然も、時として猛威となって人間を襲うことがありますから、安全な住処としての建築が不可欠であるということは言うまでもありません。それでは、日本の気候風土にあった住宅とは?そのために必要な建築技術とは一体どういうものなのでしょうか?

建築環境工学の分野では快適で豊かな暮らしを支える室内環境を、音・光・熱・空気・色などの物理法則に則って理解するところから研究を始めます。また、室内環境を整えるためには外界の気候をよく理解することも必要です。

外界気候で一番初めに気になるのは、やはり気温でしょうか。夏の暑さ、冬の寒さがどの程度なのかを把握しておくことは、住まいづくりの基本とも言えます。また、降水量や日照時間、季節風の影響も大切ですね。

しかし、地球上の全ての自然現象は、太陽から地球へと届く放射エネルギーが起源となっていることを忘れてはいけません。つまり、太陽エネルギーの地理的な分布状況と季節変動を把握することは、適切な室内気候を考える上でベースとなる情報です。太陽位置の予測が大切なのですね。

日本では東北・北海道地方を北日本、あるいは北国と呼びますが、その地理的な位置は地球上のどの地域と同等なのでしょうか?日本の地図をヨーロッパやアフリカの地図と重ねて見たのが下図です。

仙台市が位置する北緯38度付近はヨーロッパで言えばポルトガルのリスボンと同緯度と言うことがわかります。札幌もローマとミラノのほぼ中間であり、ドイツやスイス、北欧の諸国からみればとても南方に位置しています。つまり日本の北国の建築も日射の影響を強く考慮しながら住宅の環境づくりを考えていかなくてはいけないことは明らかです。

北日本、とりわけ冬の寒さが厳しい北海道の住宅を考えるとき、よく北欧やドイツの建築基準が参考として取り上げられます。しかし冬の日射熱取得がほとんど期待できない高緯度の地域では、外部への熱移動をいかに抑制するかに建築的配慮の主眼が置かれており、冬季の日射熱取得に関する配慮はほとんどされない、と言うことを忘れてはいけません。

日本で住宅を考えるときには季節に合わせた日射利用の最適化が不可欠であり、「断熱」に加えて「蓄熱」や「遮熱」の技術開発がとても大切になります。



 
 
室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 13 暖房と冷房、エネルギーを消費するのはどっち?

「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。」

よく知られた吉田兼好の「徒然草」の一節は、住宅の環境創生に建築技術をど う落とし込むべきかに、多くの示唆を与えてくれます。開放系と閉鎖系の何が 日本の風土に適合しているのか、といった議論も過去には話題にも。

エアコンのなかった時代、盛夏の京都の蒸し暑さはよほど耐え難いものだった のかもしれません。さらに衣服の様式も現代とは大きく異なり、正装をしなく てはいけないような場合には、蒸し暑さを恨めしく思ったことでしょう。

高効率の冷・暖房用エアコンを容易に入手できる現代では、どのような建築を 旨とすれば良いのでしょうか?

この問いには一世帯あたりの冷・暖房エネルギーの使用量に関する研究結果が、 一つの方向性を与えてくれます。下図からもわかるように、那覇市以外の全て の県庁所在地で暖房エネルギー消費量は冷房を大きく上回り、住宅の空調エネ ルギー消費に占める暖房の割合は 80%を超過しています。

つまり省エネルギーのために「出るを制する」と考えれば、暖房消費量をいか に抑制するかが鍵になるということです。壁や窓の断熱性能を高め隙間風の侵 入をいかに抑制していくのか。「断熱」と「気密」が重要になるわけです。

しかし、これだけでは快適性と省エネルギーを両立させることはできません。

夏を快適に過ごすために工夫されてきた日本の民家の知恵を、現代の住宅にも 応用することがとても大切になります。気密化を十分に進め、隙間風を無くし て計画換気を可能にした住宅でも、風通しに関する配慮は欠かせません。

また、宅地の狭小化によって昔のように深い庇を設けることができない場合て
も、外付けのブラインドや日射遮蔽装置の設置によって、空調なしでも快適に 過ごせる期間を大きく拡張させることができるます。

「冬はいかなる所にも住まる」とは、創意工夫によって寒さは解決することが できるということです。「出アフリカ」以来、様々な社会的適応能力を身につ けてきた現代人にこそ、新たな住まい方の創生が求められているようです。



 
 
室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 12 微弱な気流が「寒さ」の原因になる。

盛夏には一服の清涼感を醸し出してくれる「そよ風」も、冬の室内では「寒さ不快」の原因になります。

冬季の室内で生じる微弱気流はFig.1に示すように、「すきま風」「コールド・ドラフト」「換気・空調」によって生じることが知られています。気密性能を改善すると、室内から「すきま風」排除して不快を低減する効果があります。

また窓の断熱性能を上げると、ガラス面で生じる冷気流「コールド・ドラフト」を防止できます。U=1.0 [W/m2/K]以下のトリプルガラスを採用した住宅では、北海道でも冷気流を感じることはほとんどないでしょう。

一方で「換気」やエアコンなどの設備から吹き出される気流には十分な注意が必要になります。Fig.2に冷気流の速度と体感温度の低下の関係を、気流への暴露時間ごとにまとめて比較しました。

エアコンやFF式ストーブで生じる気流の速度は、およそ0.8[m/s]ほどです。この気流の中に3時間滞在すると、体感温度は6.5 ℃も低下してしまうのです。暖房設定温度の推奨値が20℃であるにもかかわらず、エアコンの設定を26℃以上にしなければ寒く感じてしまうのは、室内気流の影響ですね。

室内気流が生じない放射型の暖房では、体感温度の低下も1.5℃ほどですから、設定室温を22℃にしておけば十分な暖かさが得られます。つまり設定室温を低めに抑えても同じ暖房感が得られるのですから、放射暖房の方がエアコン暖房よりも経済的である、ということができます。

さらに、空気中の水蒸気量が同じであれば空気温度が低いほど相対湿度も高く維持できますので、喘息などの呼吸器疾患やアトピー性皮膚炎の発症予防にも効果的であると言えるでしょう。

冬の暖かさと省エネルギーには、暖房設備の選択も大切です。



 
 
室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 11 生活で発生する水蒸気で、カシコク調湿。

冬の健康と相対湿度の関係について考えてきました。どうしても室内が乾燥し がちな冬。植物に水をあげて蒸散させたり、洗濯物を室内で乾燥させたり。 でも、暮らしの工夫だけでは、なかなか湿度は維持できないものです。

暮らしの中で発生する水蒸気の量は、1日 20 リットル!
2 リットルのペットボトルで10本分も発生する水蒸気を換気で排出せず、もっ と積極的に利用する方法なないのでしょうか。

健康生活のために必要な住宅の環境性能には断熱性能だけでなく、調湿する能 力もあります。古くから土蔵などの壁に使われてきた漆喰や、珪藻土などの天 然素材が湿度を調整する性能を持っていることは広く知られています。そして 建材が持つ調湿性能を客観的に評価する基準が、調湿性能判定基準です。

下の図をご覧ください。断熱材でできた2個の小箱の内側に、調湿建材とビニ ールクロスを各々貼り付けて、各々の調湿性能を比較してみました。箱の中に 茶碗1杯分のお湯を入れて、内部の相対湿度の変化を観察してみます。

赤の線が調湿建材、青の線が一般的に内装で使われているビニールクロスの箱 です。ビニールクロスは合成樹脂でできており、水分を吸収することができま せんから、茶碗を入れると同時に相対湿度が急上昇します。写真では見づらい のですが、箱の前面に設置した塩化ビニールの板には結露が発生。真菌、カビ、 ウイルス生育の原因にもなる、相対湿度 60%以上の環境となってしまいました。

一方、調湿建材を貼り付けた箱では設置直後に相対湿度がやや上昇しますが、 その水蒸気を壁が自然に吸収。機械的な制御をすることなく、人間の快適範囲 である40から60%の環境に整えてくれます。自然の摂理の不思議さです。

蓄えられた水蒸気は、室内が乾燥してくる日中に壁から放散されて湿度を調整 してくれます。安定した湿度環境を、機械を使わずに、上手に調整してくれる のです。加湿器の使用で懸念される水蒸気過多による結露の被害も、調湿建材 なら心配はいりません。もちろん電気代もフリーですね。

手入れの容易さ、経済性、施工の手間の簡略化など、生活者ではなく施工側の 都合で徐々に排除されてきた土壁が持つ機能。便利さの追及で、機械に頼らな い生活が、どんどん手の届かないところへと追いやられていませんか?

古くからの生活の知恵を現代に生かす。最先端技術の調湿建材には大きな可能 性があります。健康環境を考えるとき、まず初めに「断熱」のお話をしてきま したが、その他にも「調湿」など大切な環境調整の性能がまだあるようです。

機械やエネルギーに頼ることなく、自然の摂理を利用して健康を守る。
持続可能性を高めるためにも、考慮すべきコンセプトではないでしょうか。



 
 
室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 10 風邪の予防には、上手な湿度維持が有効?

冬の4大死亡原因の一つとして恐れられている呼吸器系の疾患「肺炎」を引き起こすこともある風邪。健康の大敵「インフルエンザ」は戦争の勝敗にも影響しかねないという史実が語源だと言われています。
風邪の予防には原因となるウイルスや細菌に対する正確な知識が不可欠です。

冬になると急に増加するインフルエンザの患者さん。その原因はインフルエンザ・ウイルスが喉や鼻の粘膜に付着して人間の細胞に侵入することです。細胞を宿主として次第に体内で増殖し、発熱や咳などの辛い症状を引き起こします。

それではインフルエンザ・ウイルスは、どうして冬に増殖するのでしょうか?
下図に示したように、室内の相対湿度が40%を下回るとウイルスの増殖に好適な環境となり、人間の細胞はウイルスに感染しやすくなります。

室温維持のため暖房を使うと室温が上昇し、湿度は相対的に低下していきます。高断熱住宅の実測調査でも日中の室温が日射の影響で30℃以上に上がり、相対湿度は20%に低下する事例が報告されています。

アトピー性皮膚炎、喘息などのアレルギー性の疾患も、相対湿度40%以下の環境で発現頻度が急激に上昇します。そこで量販店の冬の定番商品、加湿器の出番となるわけです。

でも低断熱の住宅で加湿器を使用することは、本当に健康的なのでしょうか?
過剰な加湿が、新たな健康リスクを生じさせることに注意です!

これまでに何度か説明してきましたが、断熱性の低い家では窓ガラスや壁の表面温度がとても低く、冷たくなります。加湿をしない状況でも結露が生じている住宅では、加湿により重大な健康被害が生じる可能性があります。

結露は住宅や家具を傷めてしまうばかりでなく、カビや細菌の温床ともなりかねないのです。土壁などの伝統的な内装構法には空気中の水蒸気を蓄えて、調整する能力がありますが、現在最も普及している樹脂系の内装材「ビニールクロス」は、水蒸気を貯めておく機能がありません。一般的な家庭では、炊事や入浴、洗濯物の乾燥などで一日に20リットルもの水蒸気が発生しています

が、水蒸気を貯めておく能力がない現代の住宅では、換気によって水蒸気は室外へと排出されてしまい、室内にとどめておくことができません。

乾燥や結露による細菌の繁殖を防止し、風邪の原因を室内から排除するには?
最も有効な対策は「断熱」! そして調湿性能を持った建材の使用です。

加湿器や乾燥機の使用で健康環境を維持しようとする前に、新築時に断熱を十分強化して室内の表面温度を高く保ち、自然素材の調湿建材を採用することで、室内に発生した水蒸気を上手に利用して風邪を予防しましょう。



 
 
室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 9 足裏の温度が、健康リスクの目安に。

断熱不足による浴室の室温低下が、冬季の CPA 発生の引き金に!

「断熱」によって家の中に冬の寒さを入り込ませない。浴室からヒートショッ クを排除することは、冬季の健康法の第一条件です。

それでは、室温が維持されていれば本当に CPA は発生しないのでしょうか?
今回は、以外に見落とされている CAP の発生原因について考えてみましょう。

人間は代謝によって体内で産熱し、これを外部に放散することで体温を維持し ています。今回は、足裏で生じる熱の移動に着目します。

同じ温度の物体でも種類(熱伝導率)が違うと、暖かさには違いがあります。 木製デスクがスティールデスクより接触した時に暖かく感じられるのは、木の 熱伝導率(熱の伝わりやすさ)が金属よりも小さいからです。
「木のぬくもり」の物理学的な説明にもなっていますね。

入浴時に脱衣室で裸足になった時、足裏からの熱の伝わり易さは床の仕上げ材 料によって異なります。下図でもわかるように、天然の石やタイル、コンクリ ートではカーペットの 10 倍以上の熱が足裏から急速に奪われます。



人間の足裏温度は通常 27°Cに保たれていますが、これが 24°Cになると血圧が 30 から 60mmHg も急上昇します。冷たい床によって足裏温度が 24°C以下に なる状況は、CPA 発生の危険信号と言えるでしょう!

床の断熱が施され室温が十分に確保されている状態で、床に直接足を接触させ た時の足裏温度と床の材料との関係を計算した結果が下の図です。

浴室の床材として使用されることの多いタイルでは、床温度が 18°Cでも足裏温 度は 22°Cとなり CPA 危険範囲を超えてしまいます。また、住宅の水回りに使 われることが多い樹脂系の仕上材でも、危険温度になることがわかりますね。

「断熱」に十分気をつけた住宅でも、床材の選択によっては CPA 発症のリスク が増加してしまうことを忘れてはいけません。老人と同居されているご家庭で は、トイレ、脱衣室周りの床にカーペットやラグ、畳表などを使用したり、ス リッパを常時着用したりすることが、健康を維持する上で大切なのです。



 
 
室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 8 温暖地の冬は、暖かくて健康的なのか?

入浴中の心肺停止(CPA)発生率が低い北海道の浴室温度は20℃。
温暖地の浴室よりも断然暖かく、健康的であることが明らかになりました。

Lesson7で紹介した東京都健康長寿医療センター研究所の調べでは、北海道の高齢者1万人あたりのCPA発生率は、沖縄県に続いて全国ベスト2位!
四国、九州などの温暖地の県が健康リスク上位に並びます。

ワースト20までの県は健康リスク(CPA発症率)が北海道の2倍以上にも!!
ワースト1位香川県では、北海道の3.5倍にまでCPAリスクが高まります。

入浴中CPA発生頻度は季節性が明らかになっており、冬季は夏季の11倍もの事故が発生します。浴室の室温が低いとCPAに陥りやすいのです。どうして寒冷地北海道のCPAリスクは低いのでしょうか。

北海道の冬季死亡率は1970年代まで全国ワースト1でした。断熱手法が確立されていないこの時代には室内の空気温が外気温度と同程度にしか維持できず、高温・灼熱の石炭ストーブと、-20℃の寒さが室内に同居する住宅も珍しくありませんでした。寒さを表現するために濡れたタオルをクルクルと回し、凍結させて棒状にする実験映像を見かけることがありますが、この現象が室内で再現できるような住宅が一般的だった時代です。

80年代には「豊かで誇りある冬の生活を創出すること」を目的とした、産官学の共同研究が北海道でスタートします。北欧、ドイツ、スイス、カナダなど、海外の寒冷地住宅を参考にしながら、日本の伝統的な住宅構法を高断熱・高気密化する手法が開発され、冬の室内気候も徐々に改善されるようになりました。

現在の北海道では省エネルギー基準を満足する住宅は当たり前。30年後までの規制強化を見越した「近未来型パッシブ住宅」も数多く建設されています。
一方で、全国の断熱構法の普及は未成熟で、住宅ストック全体でいうと無断熱が約50%、現行法令に合致した住宅も全体の5%程度に過ぎません。

住宅の「断熱化」は、光熱費の抑制を主な目的として評価されることが多いのですが、CPAリスクに伴う医療費の増加、さらに介護費など社会的費用全体を考慮した健康リスク度による断熱構法の評価が大切になります。

健康第一の住宅なら、まず「断熱性能」を向上させることが必要ですね。



 

 
室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 7 入浴中の心肺停止は、交通事故死の4倍以上?

交通事故死の4倍以上の高齢者が、住宅で心肺停止に!

東京都健康長寿医療センター研究所は、年間17,000人もの方々がヒートショックに関連した「入浴中急死」に至った、との衝撃的な報告を行いました。その数は、年間の交通事故死者数の4倍にも相当します。

原因は? 予防法は? 今回は冬の健康な暮らしについて考えてみます。

注目したいのは死亡した方の80%以上が、65歳以上の高齢者であること。
30代の若さで自宅を新築し、職務を全うして無事に退職。これからの人生を心豊かに過ごそうとしていた人が、入浴中の事故で急死してしまう。本人はもちろん、ご家族の方の心情を思うと、とても悲しい気持ちになります。

下図を見ると浴室での死亡者数は8月に比べて、1月には約11倍にも達することから、死亡原因には季節性があることが浮き彫りになります。断熱性が低いかあるいは無断熱の住宅では、浴室、脱衣室の室温はほぼ外気温に等しく、冬季間には10℃以下にまで冷え込むことがあります。脱衣によって冷気にさらされた皮膚は放熱を抑制するために抹消の毛細血管が収縮。血圧が急に上昇します。ここで脳血管疾患や心疾患で倒れられる方も多数いるようです。

さらにこの状態で高温の湯船に浸かると抹消血管が一気に拡張して血圧が低下。気を失ってしまい、湯船で溺水、発見が遅れると溺死に至ります。

それでは、これらの疾患をどのように予防したら良いのでしょうか?
一番の解決方法は、新築時に十分な「断熱」をすること。

住宅の新築では最新の設備や豪華な内装に目が行きがちですが、自身の老後を含め家族の健康を守るためには、住宅の基本性能である「断熱性能」を十分に高め、健康被害を最小限にとどめることが必要です。
更新や維持管理に手間と費用のかかる付帯設備に予算を配分するくらいなら、老後を安心して暮らせる見えない部分に予算を振り向けるのが合理的です。

断熱改修も有効な手段ですが、どうしても難しい場合には、まず脱衣室、浴室に暖房器具を設置して室温を確保するようにしてください。また、浴槽へのお湯張りにシャワーを利用することで、浴室内の温度を高めておく方法も意外と効果的です。

新築時の予算配分で変わる老後の健康問題。
ソーラパネルを設置しても、健康被害は減らせません!
介護など家族への負担も考慮して、カシコイ住宅をつくりましょう。



 
室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 6 「暖房」しても、どうして寒いの?

エアコンの設定温度は26℃なのに、どうしても寒い室内。

厚着をするか、入浴してさっさと眠るか?
住宅の冬の「寒さ」は設備だけでは解決できない、とても厄介な現象です。

暑さ寒さ感(いわゆる温冷感)に関する研究は1920年代の初頭から米国で行われるようになり、端緒となる論文が公衆衛生学の専門誌に発表されました。温冷感の研究は温感の科学的解明が目的であると同時に、寒さや暑さと疾病原因との因果関係を探る、という視点が当初から見受けられるのが特徴です。

昔から室温を測る棒状温度計は「寒暖計」と呼ばれてきました。部屋の空気の温度は、人間の温冷感と強い相関関係があるからですね。しかし、空気の温度だけでは部屋の寒さをはかれないのも事実です。

寒い冬の日、戸外の空気は冷たくても焚き火にあたると暖かさを感じます。周囲の空気温度がほとんど変わらなくても、日射や放射熱を受けるととても暖かく感じるのですね。夏の木陰は、とても涼しく感じるものです。

気温以外にも壁や床、天井の表面温度(放射温度)、隙間風やエアコンなどで生じた微弱な気流、相対湿度などが温冷感の因子として挙げられます。また、人間がどんな行動をしているのか(つまり代謝量の大小)や、着衣の質と量など、環境以外の因子も考慮する必要があります。

エアコンの設定温度を高めにしても寒く感じるのは、壁の温度が低かったり、エアコンの温風が直接人体に当たっていたりする場合に多く見かけられる現象です。また、窓ガラスの断熱性能が低いと冷たい気流が床面付近に流れこむ「コールド・ドラフト」という現象も、寒さの原因として見逃すことができません。

一方で、夜になってもなかなか涼しくならない夏場の二階部屋の環境などは、昼間にたっぷりと熱せられた屋根から侵入した熱が、時間遅れを伴って室内に侵入してくることが原因です。


解決策はまず「断熱」!

冬暖かくて、夏涼しい家を作るなら、まずは住宅の断熱性能を改善することが不可欠です。

強力な設備とエネルギーに頼ることなく、「断熱」によって、生活の質を容易に、合理的に向上させましょう。
 
図1 温冷感に関連した室内気候の6要素
 


図2 温風吹出口だけが暖かい、冬の室内環境(温風暖房機の測定例)
 
 

 
室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 5 住宅に関する不満は「寒さ」が第1位。

2年以内に住宅の建設を考えているユーザーに「改善したい住まいの悩み」をアンケート調査した結果が報告されています[1]。

温暖地と言われる地域を含め、住まいの悩みの第1位は「寒さ」。

その他にも「結露」「暑さ」「冷暖房費」など、断熱性能の低さに起因する不満が圧倒的な多数を占める結果となっています。北海道で高断熱・高気密化住宅の啓蒙、普及活動が始まってから約40年。冬季死亡率の抑制に大きく貢献してきたこの活動も、全国レベルではまだまだ道半ばなのかもしれません。

全国の住宅ストック数は約6,000万戸とも言われていますが、現在の省エネルギー基準に合致している住宅は5%程度。39%の住宅では、断熱材が全く施工されていないとの調査結果もあります。断熱化の目的を省エネルギーといった経済的な指標だけで評価していては、普及も促進できないのかもしれません。

設備機器の交換や設置は「見える化」がしやすく、効果を判断しやすいという利点があります。一方で、高断熱化や断熱リフォームはなかなか効果が見えにくいものの、生活の質の向上、とりわけ病気要因の排除という意味で、効果は顕著です。もっと皆さんに知ってもらう必要がありそうです。

厚生労働省の統計によれば、毎年18,000人もの尊い命が住宅内のヒートショックによって失われています。交通事故が原因の死者数を大きく上回りますが、新聞などで報道されることが少ないせいか、この事実はあまり認識されていないようです。特に、居間とトイレ、脱衣室、浴室との温度差は脳血管疾患や心疾患との因果関係が指摘されており、早急な対策が必要かと思います。

「ZEH」の普及に向け断熱性能の向上が議論されています。エネルギー需給と安全保障。いずれもマクロ的視点では大切な課題ですが、最も重要なのは国民の生活の向上と健康維持にあることは言うまでもありません。コタツに縛られ、運動不足になりがちな冬の生活。より活動的な生活で、健康・長寿を祝うことがごく普通になるまで、住宅の性能向上活動が遅滞してはいけないのです。

「断熱」ファーストな家づくり が、健康生活の原点なのですから。
 
 

室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 4 室内気候の変化が、健康生活を作る。

私たちの直接の祖先であるホモ・サピエンスは、10万年前にアフリカで誕生したと考えられています。ほぼ数万年をかけてユーラシア大陸全域にその居住範囲を広げ、1万年前には南アメリカの南端にまで到達しました。

この「出アフリカ」と全地球的な拡散を支えたものは何か?

それは、生存に不可欠な食料調達技術の高度化と、衣服、住居を含む社会的適応能力の獲得にあります。時に厳しい自然の変化を緩和し、安定して子孫を産み育てるためには、快適な「スミカ」を得ることは不可欠だったに違いありません。機械設備が誕生するまでの「スミカ」は、地域の気候風土の変動を抑制して、生存に最低限必要な環境を創り出すことが使命でした。

一方、産業革命以降の住宅にはエネルギーの変換装置である暖房や冷房、照明や換気装置が導入され、健康的な環境を徐々に整えていくことになります。都市では上下水道も普及し、平均寿命の延長に大きく貢献しました。20世紀初頭には50歳前後であった平均寿命も、現在では80歳を超えるまでになりました。医療技術の進歩を考慮しても、急激な寿命の伸長は目を見張るばかりです。

一方で、室内での労働や学習時間が長時間化している現代人には、これまでとは違ったストレスが過度にかかる環境に晒されるようになり、自律神経系の疾患を抱える人も年々増加しています。自然界に働き「スミカ」で休むといった原体験が逆転し、室内で働き自然に遊ぶ、といった光景が普通になりました。

環境形成に欠かせない設備は、大きな能力を持つ機械を制御しながら使用して、環境を一定に保つといった設計思想が長い間支配してきました。一方で、断熱性能を高め設備の容量を小さめに設計すると室内環境の変動幅は相対的に増大し、快適環境の範囲内で自然の変動を再現できることも知られています。強大なパワーで自然をねじ伏せるのか?機械の力を最小限にとどめて、自然の変動を許容して共生するのか?どちらが人間にとって健康的なのでしょう?
 
 
 
 

室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 3 生活リズムを維持することの大切さ。

生物には体内時計が備わっていることを初めて発見したのは、フランスの科学者ジャン=メラン。体内時計は、概日リズム(がいじつリズム: circadian rhythm:サーカディアン・リズム)とも呼ばれています。

動物の体内時計は24時間周期の昼夜の光の変動リズムによって生成し、温度、食事やストレスなどの外的刺激によって修正されると言われています。

出生後の赤ちゃんが昼夜に関係なく2〜3時間ごとに起きて泣き出すことは、みなさんが経験していることかと思います。生後16週目頃からは体内時計が徐々に修正され、1年から数年をかけて正確な24時間周期になっていきます。体内時計の生成には男女差があり、女子では小学校低学年の頃に、男子はこれよりも遅く高学年から中学生の頃にようやく体内時計が正確に働き始めます。

体内時計は、遺伝子の複製が昼間の紫外線の影響を受けることを避けるために獲得されたと考えられており、ヒト成長ホルモンが睡眠中の夜間にしか分泌されないことも、これに関係していると考えられます。

体内時計が正常に働かなくなることをフリーラン現象と言いますが、睡眠障害、発達障害、学習障害など多くの疾病の原因として認知されています。最近、大学の授業が始まっても講義に集中できない学生が増えています。彼らの体温を測定してみると、概ね36℃以下の低体温が観察され、朝になり活動を始めても体内時計が夜のままであることが原因としてあげられます。

室内での活動が長時間化し、しかも精神的に高度な活動を要求される現代。太古からの生活リズムが明らかに崩壊している現代人の生活を振り返る時、体内時計が健康に密接に関連していることを、もう一度認識しなくてはいけません。

現代人が生活する室内空間の温度は空調設備でほぼ一定に保たれ、照明設備は終日の精神活動を要求します。近年では、長時間労働によるストレスで精神的な疾患に陥理、最悪の事態となるケースも少なくありません。

特に体内時計の狂いは、子どもの成長に悪影響を及ぼすことがわかっています。室内気候は自然と同様のリズムで周期的に変動させることが必要です。もちろん変動幅が大きいと不快感を醸成しますので、リズムと変動幅を適切に設計しなくてはいけません。室内気候設計の要諦は、自然から学ぶということです。

「早寝、早起き、朝ごはん」

いくら長時間学習しても、子供の学習成績が上がるとは限りません。適切な室内気候下における生活リズムの維持と、ストレスの発散がとても大切です。
朝の日射と冷気に直接さらされるだけで、子供の体内時計はリセットできます。
(参考文献)中山昭雄著「温熱生理学」(理工学舎)
 
 
 

室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 2 日本人が最も大切にしているのは「健康」。

内閣府は日本人を対象とした「幸福度に関する判断基準」に関するアンケート結果を公表しています。ここからは、日本人の本音が垣間みえてきます。

解答(重複解答あり)で第1位を占めたのは、「幸福のためには健康が第一」。およそ66%の日本人は「健康」が幸福の第一条件であると解答しました。
続いて「経済的なゆとり」「家族関係」が、ほぼ同率で続きます。

意外にも「趣味」や「楽しみ」といった余暇型は全体の25%程度に過ぎません。さらに「安定した仕事」「仕事のやりがい」といった就業充実型は20%以下。
「社会への貢献」「地域の人たちとの関係」といった社会連携型は、ごく少数に止まる結果となりました。

逆説的に言えば、現代日本人は「健康」「家計」「家族関係」の将来像に漠然とした不安を抱えながら生活をしている、ということなのかもしれません。

目標とすべき室内気候のあり方について、よく質問されることがあります。
筆者の回答は・・・。

「良い室内気候」とは「良いうち」を作ることです。「うち」とは「家」。「うち」とは「内側」。「うち」とは「自分」。「うち」とは「家族」。

つまり、自分や自分の大切な家族が豊かで充実した人生を安心して送ることができる、そんな住宅の室内環境を創造して提供すること。これが「室内気候」設計の目標であり、意義なのです。住宅の設計は限られた予算の中で施主の要望をいかに叶えるのかという、経済合理性を中心とした概念ではありません。

立派な床柱や欄間、高価な大理石の床よりも価値のある「健康」と「家族」。
限りある人生の時間と資産を有効に活用して、たった一度きりの人生を豊かにしてくれる住宅が、真に求められていると思います。
 
 

室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp

Lesson 1「快適さ」は、本当に贅沢なのか?

一年を通して快適な環境で暮らしたい。でも、光熱費が心配。
こんな声をよく耳にします。中には快適な環境で子育てをすると、もやしっ子ができてしまうから、多少不快な方が教育には良い、といった乱暴な意見もあるようです。健康的な室内環境を考える上で「快適さ」の持つ意味は重要です。

人間は生存に必要な環境を選択するために、視覚や聴覚、皮膚感覚といった感覚を持っています。いわゆる五感ですね。受容器で受けた環境刺激は大脳で評価され、服を脱ぎ着したり、木陰に入ったり、暖房のスイッチを入れたりと、生存のために行動を起こします。このような意味で、感覚は危険を察知するために人間に備わった機構、ということができるかもしれません。

「快適であるということは、自分の生存にとって安全だ」と自分が認識している状態である、と定義することができます。逆に「不快」な状況は、健康に対する危険信号であるとも言えます。室内気候を快適な状態に保つことは、食や衣と同様に健康を考える上で重要な要素であることは言うまでもありません。

近年の健康ブームで、健康食品をはじめとした様々な商品やサービスが注目を集めています。一方で暖冷房費を含む光熱費は逆進性が高いことが知られており、所得の伸びない現在の状況下では、光熱費を節約するためにエアコンをこまめに入り切りするなど、家計防衛の工夫がされています。

しかし、不快感が危険を知らせているのに行動を起こさず、体調を崩したり、最終的に病気になったりしたのでは、本末転倒です。マクロの暖冷房費は、医療費や介護費といった社会保障費との関連性の中で議論されるべき、との主張も現代社会では徐々に合理性をもち始めています。

英国では光熱費が世帯収入の10%を超過する家庭を「Fuel Poverty」と定義して、貧困家庭の生活環境水準を向上させる運動が展開されています。光熱費を抑制しつつ、年間を通して快適な住環境を提供する。室内気候を提案・創造している建築家や設備設計者、エネルギー供給業者とともに、需要家である消費者など、多くのステークホルダーが協力してこの目標を達成することが社会的に求められています。日本の現状はいかがでしょう?我慢は美徳ですか?

 
 

室内気候研究所 主席研究員
工学博士
石戸谷 裕二
■公式 HP: http://iwall.jp
■ブログ:http://blog.iwall.jp